日々これ切実
2026年 5月24日 持続可能な暮らし

本日57回目となる恵山ツツジ祭りを覗いてきた。御覧のように咲き誇るツツジが恵山の山肌を覆うようにして咲き乱れている。山を見下ろすとその先は太平洋へと続いているのだが、よくみるとその先で異様な存在がくるくる回っていた。因みにこのツツジ祭りは昭和40年頃始まったお祭りだというのだが、恵山の地域が持つ歴史は紀元前まで遡るという。というのもこの辺一帯は国宝の中空土偶の発掘された遺跡群が連なり、祭り会場近くの垣の島遺跡では祭祀跡とみられる盛り土構造の遺構が見つかったという。つまり、この地域には祭祀と暮らしが密接に関わっていた文化の跡が存在している。

これらから発掘される遺物の中でも、ちょっと泣けてくるのは子供の足型をかたどったと見られる粘土板だ。この粘土板には穴の跡がみられることから、これに紐を通して首から下げていたのではと推測されている。とはいえ子供が元気で朝から晩まで纏わり着くようであればこのようなものは必要なかっただろうと思われる。つまりこの粘土板は亡くなった子供の形見ではと考えると、彼らが暮らしていた頃の過酷さが偲ばれる。とはいえ彼らは函館にある豊富な自然の恵みを受け、ここに4000年以上定住していたのだろう。その恵は緑豊な山と清らかな川の流れによって様々な近海の海洋生物が養われているのだ、特に北海道の海は日本有数の昆布の繁殖地であり、特に道南は真昆布、がごめ昆布の産地である。
今更ではあるが、日本料理の真髄は出汁にあると云われるが、その一翼を担うのは北海道産の昆布であり、それに代わるものは他に存在しない。ところがこれほどまで大切な海が今危機に瀕している。この現象はすでに30年以上前から見ら海焼けという現象で確認されていた。その理由として挙げられていたのが、山の自然が奪われていくだ。
残念なことに上に挙げた咲き誇るツツジの写真には、海を臨む遠くにくるくる回るあれが見えている。あれを備えつけるために山の木は切り倒、それを支える支柱には分厚いコンクリートが流されている。確かに現在の我々の生活は電気なしには考えられないが、あれと引き換えに豊かな海を手放さなければならないとしたらどうだろ。さらに言えば、山肌に鈍く輝く太陽光パネルもまた山の緑を奪っている。これがどのような事になるかといえば、山から海に流れ込むはずの養分が、これらの人工物で遮られてしまうのである。
とかく北海道は日本の歴史の外にあるように扱われるが、実際は正月飾りに昆布を引いたり、熨斗を付ける熨斗も熨斗鮑に因むと云われる。要するに日本に伝わる風習には北海道の産物が深くかかわり、いずれも豊かさと吉祥を象徴しているのだ。
これほど、日本文化にとって掛け替えのない北海道の自然をこのような個人の利益を潤すために手放してしまうのは、何千年もの間、ひたすら後進の繁栄を願い暮らしてきた祖先に対し、あまりにも申し訳が立たないのである。目先の利益のために自然破壊を厭わないエコロジー活動は最も罪が深い。