思考ラボ
天国と地獄
いつもご覧頂き有難うございます。今日は、お盆ですがぴったりのテーマでお話ししたいと思います。お話の前にお断りしておきたいことがあります。今までいろいろ断定的にお話をしてきましたが、私は霊能力とか、特殊な能力については、持ち合わせていないと思っています。ただし、直観と言いますか、絵を描くときや、文章を書くときなど、事前に下書きや原稿を作ることはありません。ほぼ直観で描いています。そのことをもって私は無意識と繋がっているのだと思っています。なので、いままで創作活動について不安を感じたことがないんです。追いつめられるのは、年末に年賀状を作る時ぐらいでしょうか。それも卒業しようと思っているのですが。前置きが長くなりました。今日のテーマなんですが、非常に宗教に関わるところが多いので《閲覧注意》でお願いします。
では始めます。天国、地獄はあるのか、ないのかですがこの投稿でいう「無意識の世界が、天国なんでしょ」と思われた方、ちょっぴり外れです。ガッカリされましたか。無意識の世界は、あらゆることを含むのですが、個性あるいは自我など無意識の世界と分離していたことも無くなります。ハッキリ言えばこの世で、あなたを形作ってきた容姿や意識、私はそれを皮と定義していますが、そのような意識は、必要なくなるということです。なので、無意識イコール天国、極楽と考えるといろいろ不都合が出てきます。
なぜなら、天国、極楽、地獄に必要な存在は何でしょうか、それは、そこを訪れることになるであろう個性、または自我です。もしそれが無ければ、誰でも入れる天国、そして誰でも分け隔てなく落ちる地獄ということになります。
それは、両方の立場から相いれないのではないでしょうか。善行を積めば天国、悪行を行えば地獄という流れが、説明できなくなります。やっぱり、私は信仰を躓かせる行為をしているのでしょうか。大丈夫です。「信じる者は救われます」ので、強い心を持ってください。
いぜん芥川龍之介の小説を読んでいたら、地獄より恐ろしいのが、この世だという文章がありました。地獄では毎日、痛みが襲ってくるが、それも、いずれ慣れてしまうに違いない。それよりもこの世では、明日何が起こるかわからない、その恐怖のほうが勝るのだ、とありました。人は、一度手に入れた幸せを失うことは、肉体の痛み以上に辛いことだと思います。一度培った愛情を失うことは、毎日舌を抜かれることよりも恐ろしいと感じるのではないか、ということです。
ここまでで、何となく天国と地獄について私の考えを述べました。私は、肉体を持ちながら生きるこの世界と、この世界を必要とする無意識の世界で世界を考えていましたが、どうやら、その中間の世界、現世の延長上の世界があるのではないかと考えるようになりました。つまり、魂の世界なんですが。簡単に言えば肉体が滅びてもなお、ある世界です。ここについては、私にとって感じるすべがない世界と思っています。もしこの先、私に特殊能力がそなわってくればお伝えすることが出来るかもしれません。
いま、恐れすら存在しない世界が目の前にあるのですが、にも関わらずあなたは恐れが大好きです。なぜなら、何もない世界よりも、朝からドラマや映画に嵌っていませんか。実は、あなたもあなたに必要なドラマのヒーロー、ヒロインなんですよ。あなたのドラマを見せてあげてください。ではまたお目にかかりましょう。
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