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思考ラボ

2024年11月17日gallery,ようこそ

2023年 4/26 法律とアート

アートが人間同士の関わりの中で生まれてくるものならば、当然法律というものとの接点が生まれてくる。

とはいえその目指すところは、まったく相容れないものだ。たとえば法律の目指すところは価値観というものの最大公約数を維持することにある、つまり安全だとか人権などという価値も法律の適用される範囲によって変化してくるもので絶対的なものではないのだ。

その括りは人類という括りから国や町、宗教や時代によっても様々な括りがあって当然なのである。中でも人間の性については特にセンシティブな扱いが求められる。それほど人間の根源的な感情を揺さぶるものであり、宗教的な見地にも関わる重要なことであり、現代においても宗教的対立から戦争が絶えない状況を見れば、それに要する労力はいくら費やしても無駄ではない。日本でも憲法に信教の自由が明記されている以上、それぞれの宗教の規定する教義と対立する法律の制定には慎重にならざるをえない。とくに中東での西洋離れは彼らの信仰や風習とも無関係とはいえない、サッカーワールドカップにおける飲酒販売禁止の措置は記憶に新しく、我々日本人に対しても貴重な教訓となった。

いっぽうアートの目指すところとは何だろうか、近代のアートの流れを見れば固定観念からの脱却が大きな流れを作ってきたとは言えないだろうか、それは、モチーフや表現手法など挑戦の歴史だったようにも思える。このような流れは社会的な倫理観や因習に対してもむけられ時には社会的抵抗も辞さない運動となってきた。つまり、アートを志す者は自分の信念を表現するためには、そのような場に身を置くことも覚悟しなければならない。そのような宿命がアート表現の本質にあり、アートを教育するとすればそのような覚悟を促す必要があるのだ。

とはいえ、アートを公の場で活用しようとしたら、当然公という視点から運用を考える必要がある、つまりアートの運用まで視野に入れた教育を考えるのであれば、アート表現だけの視点では済まないのである。なぜならアートは時として社会に対する抵抗を表現することもあり、性描写など個人の受け取り方によっては苦痛をあたえる可能性もあるからだ。そのため展示という立場ではアーティストとは距離を置いて内容についての検討が必要になるだろう。展示はアーティストと鑑賞者をつなぐ接点である、だとすればその運用には、社会との折り合いを考慮しアーティストに対しても、社会に対しても両立させることが重要なことだろうと思っている。

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Posted by makotoazuma