今日は好日
2021年 11月8日 鼠の穴
昨日、柳家権太楼師匠:落語研究会の録画を見ました。落語にも神がかりのような高座があるようです。立川談志師匠の芝浜も有名ですが、昨日見た権太楼師匠の鼠の穴も神がかりのように感じました。
田舎で百姓をしていた兄弟、竹蔵と竹次郎は親からの相続によってそれぞれまとまった金が入ります。シッカリ者の兄はその金で江戸に出て商売をし成功します。
一方田舎に残った弟は放蕩生活で身を持ち崩し遺産をすっかり使い果たしてしまいました。とうとう田舎の生活も苦しくなり成功した兄を頼って江戸に出てくるのですが、その時兄が弟に商売の元手として渡したのが3文というお金、めしやで腹ごしらえすることも出来ない僅かなお金です。
当然弟は途方に暮れ兄を恨むのですが、偶然長屋の家主に助けられ家主の物置を借りて雨露をしのぎ、もともと正直で働き者だったため、藁を編むような仕事から商売を起こし結婚して娘をもうけます。そんな働きがまわりから認められ質屋の主となるのですが、その頃、それまで会うことも無かった自分の兄がその時用立ててくれた3文を返すため竹蔵と10年ぶりに会う決心をします。
ところで当時の江戸は人口が増え家が密集して立っていたので、風が強い日に火事が起こるとあたりを巻き込み、すぐに大火事となりました。喧嘩と火事は江戸の華と言われたほどの頻度で火事が起こっていたそうです。
当時は自分の財産を火から守るため、厚い土壁の土蔵が建てられました。火災保険のない時代に自分の財産を守る唯一の方法が土蔵を立てることでした。
ところが土蔵も年を重ねるとあちこち痛んできます。一番厄介だったのが鼠にあけられた穴だそうです。普段はわからなくても火はそこから土蔵に入ってきます。竹次郎はそのことを心配して留守の間、土蔵に出来た鼠穴はすべて塞いでおくようにと言い残し兄の元を尋ねます。
兄弟は10年ぶりに再会しますが、兄は当時のつれない仕打ちを竹次郎に詫びます。竹蔵としては弟が二度と身を持ち崩さないようにとつれない仕打ちに及んだのですが、そのことを伝えつつ手をついて弟に頭を下げます。兄の心を理解した弟は、兄の仕打ちを許しました。
やっとのこと兄弟はよりを戻し遅くまで酒を酌み交わしたのですが、夜も更けて兄は店のことを心配して帰りたがる弟を泊っていくようにと引き留めます。竹次郎も久しぶりに会えた兄と離れがたく、兄から「もし心配の通り焼け出された場合は自分の身代を譲る」とまで言われて、その夜は、兄の家に泊まることにしました。ところがその夜、弟が心配したとおり深川に火の手が上がりました。
竹次郎の築いた財産は土蔵の鼠穴を塞ぐのを番頭が怠ったため、すべて焼き落ちてしまいます。再びすべてを失った竹次郎は傷心のまま娘を連れ兄竹蔵の元を頼ります。
ところが兄の態度はあの10年前のつれない態度と全く変わりませんでした。すっかり希望を失った竹次郎は世を儚み、娘と共に命を絶とうとしたところで目が覚めます。なんと兄の家で寝込んでしまい。悪夢にうなされながら目が覚めるという落ちです。此の高座で師匠が話す火事で焼きだされ、失意のうちに兄を頼るときの竹蔵の心理描写が凄いんです、一度は蔵を立てるまでに商売を成功させ、たった一晩のうちにこれまでの苦労も水の泡となってしまう、さらには昨晩あれほど心を許した兄の仕打ちを受ける時の表情は鬼気迫るものがありました。たとえ演芸の世界であっても、このようなことはいつでも起こるものでは無いと思えるほど神回でした。