今日は好日
2021年 11月18日 この世で元も厳しいお役目敵役
何故このような役目があるのか、そもそも我々の根源とは愛に満ち溢れ、清らかで祝福された存在のはずで、このような立場に立ってはその逆の世界を受け入れざるを得なくなってしまうのではないでしょうか。
つまり、清らかさとは真反対の悪魔的世界です。もしもワンネスを受け入れるとすれば世の中に起こっている悪魔的事件も聖なる存在と同一視しなければならないというジレンマが起こります。
最近もマンガのキャラクターをまねた事件が起こりましたがこのようなことも愛で満たされた世界を起点として起こって来ることなのでしょうか。
これは大変困った問題です。ほとんどの方がこのことをもって神も仏もないと納得してしまいます。この目線から神の愛について語る人はどのように映るのでしょうか、現実逃避のマインドコントロールか自己暗示にかかってしまった人のように感じないでしょうか。
このことについて私はどのように感じているかといえば、時が移ろう世界にあっては可能性のある分だけ物事は起こってきます。ただしそこには存在と言える実態はありません。すべては記憶であってその記憶に解釈を加えることで物語が生まれます。つまり悪魔的事象も、聖なる事象もそのように自分が解釈して納得しているだけといえば、これは解釈ではなくコンセンサスだと返されそうですがいずれも同じことです。人間はその存在とは関係なくストーリを追い求める存在だということ、そしてそのストーリーがこの世のすべてと思ってしまうと。そこに愛などあろうはずが有りません。本当のことを言えば狂った犯罪者はストーリーの中にしか存在しないんです。