日々これ切実
2026年 1月26日 警鐘

マルコの福音書にはこのような一説があるそうだ。つまりいつ神の裁きがあってもいいように、常に正しき道を歩むようにということかもしれない。では何が正しい道なのか、それが解かれば誰も苦労しないだろう。とはいえ私が思うのは、それが猫の目のようにくるくる変わるようでは目指すに値しないものである。
先頃、沖縄県名護市の市長選があり、前任の市長続投が決まった。この選挙の争点になっていたのがアメリカ軍普天間基地の辺野古移設に関してだ。これは日本全体の国防に関わる事であり、一地方の問題で片づけることはできない。このため、かねてよりアメリカ軍基地の移設を沖縄県外設置を公約にしていた総理大臣は公約が果たせず結局辞任することになった。さてこの時の母体となっていた民主党は、その後、立憲と国民に分裂することになったが彼らを支持してきた組織とは、嘗ては分裂していた各企業の労働組合で、その労働組合は早々と連合に合流してしまったのである。つまりこれまで普天間基地移設には反対していた党とそれを推進してきた党が今回連合したことになる。このため今回の選挙では立憲の議員は辺野古移設反対の立場は取れないだろう、それを言えば公約違反になるからだ。
さて、日本の混乱も凄いが、今回アメリカミネソタ州で起こった事件もこのような不条理を孕んだ事件のように思える。というのも今回の事件は移民関税局執行官とこれに抗議する住民との間で起こった事件だ。事件の内容は執行官に抵抗したとされるアレックスプレッティ氏は執行官側の銃撃により命を落としてしまった。ところでこの事件で気になることがある。それは犠牲になったプレッティ氏が事件当時所持していたとされる銃の写真だ。その銃は素人目にしても異質なもので、ネットで調べてみるとp320という銃の特別仕様に思われる。改めて氏の経歴を見ると軍隊に勤務した経歴は有るものの、看護師として銃とは縁遠い生活をされていたようだ。ところが写真にある銃を見ればすでに照準器が装着されていて、普段護身用として持ち歩くには異様に思える。しかもこの写真をあえて大統領が公表させたところも異常に思える。つまり、この意味を考えれば、このような銃を携行できるのはプロしかいないと言いたいのか、或いはそもそもこれ自体が組織的なでっち上げだとでも言いたいのだろうか。いずれにしろ大統領命令で尊い市民の命が奪われたという流れは否定しようがない。つまり、このような移民反対の訴えに対しても人命にかかわる事件になりかねないと言う事だ。
何を言いたいかといえば、我々が今目にしている混乱は、我々の目に触れない所で始まっている。しかしながら我々がその異変に気付いた時には時すでに遅く、我々は一体どれほどの犠牲を払わなければならないのか知るべきである。因みに私にはウクライナで起こった悲劇もこのような流れで見ている。あれからすでに4年の歳月が経とうとしているが、最近になってウクライナの首都キエフへの空爆が激しさを増していて大統領が市民は寒さに凍えていると訴えていた。では、何故ロシアは今になって首都への空爆を強化しているのか、ロシアが領土的野心でウクライナ侵攻を始めていたのであれば、真っ先に首都を包囲して占領していたはずだ。いま空爆が激化しているのはロシアが話し合いの交渉を放棄したと言う事で、その状況を招いたのは後先を考えない、これまでの西側支援ではなかっただろうか。人類は繁栄も破滅も自由に望むことが出来る、選挙のもつ大義とはそのことだろう。