日々これ切実
2026年 2月7日 政治を国民に取り戻せ!

選挙が終わる度に思うのは、あれほど何やら訴えていたことが、国会が始まると跡形もなく消え去ってしまうことだ。これまでこんなことばかり続いてきたのでとうとうこれが私の常識になってしまった。さらに恐ろしく思うのは、選挙中一度も聞いたことのない公約が国会でどんどん決まりだすことだ。こうなると、これがほんとの後の祭りと思わずにいられない。そんな政治家にとって国民に思いを馳せることは安易な大衆迎合であり、これこそ忌まわしいポピュリズムなのだという。そんな彼らは自分たちこそ民主主義者と思っているようなのでますます救われない。
私からすればこのようなことを口にする人達は、きっと物事をあまり突き詰めて考えない人と思うのだが、これがその人の性格だとすれば三つ子の魂百までといわれるように、そもそも厚顔無恥な性格なのだと思って諦めるしかない。
ところで、性格のことで言えば時流に流され日和ってしまう人もいる、これをよく言えば風見鶏、悪く言えばノンポリなどと言われる。ただし、このような人が国民の方に目を向けてくれれば、アンテナの高い人や臨機応変に対応できる人など意外と頼もしく思えることがる。しかしながら、このような人が国民ではなく特定の組織に目が向いてしまうと非常にたちが悪い。結局国民の支持などどうでも良くなり、選挙活動を見ても、とりあえず朝早くから寒い中街頭に立ちましたというだけで満足げで、当然演説の中身などは言わずもがなの状態だ。では何故国民に目を向けない政治家が、これまでの選挙で当選してしまうのかといえば、組織票という強力な応援があるからだ。つまり、彼らには国民などに阿るより、組織の偉い人の意向が何よりも重要なのである。このような政治家が当選すれば、当然のように政治はその意向を反映してしまうことになる。ではその組織が日本国民ではなく海外の意向を尊重する組織であったとすればどうだろうか、口に出すのも恐ろしいのでこの話はこの辺にしておく。
何を言いたいかといえば、このような組織票は一定数の票をすでに確保している状態にある。この状態で、もし選挙の投票率が下がればこのような鉄板票がものを言うことになる。私はこのような民主主義の破壊を是非とも今回の選挙で止めて欲しいと思っている。その為には明日の投票率を是が非でも上げて頂くよりない。ようは日本の政治は日本国民のものであり、選挙はその政治を国民が取り戻せる唯一のチャンスである。今回の選挙ではそのチャンスを絶対に逃してはならない、選挙が無駄というのはこれに対する明らかな挑戦なのである。