日々これ切実
2026年 2月8日 もう一つのオリンピック
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昨日はミラノオリンピックの開会式の映像が朝早く届いていた。それにしてもミラノという街の美しさは格別な思いがある。というのもミラノといえば、パリと並ぶミラノコレクションで有名なのだが、何故かミラノといえばハイソなイメージが強い。恐らく街中に立ち並ぶ有名建築のせいなのか、街を行く人間ばかりかリードを付けた犬までおしゃれに見えてくる。
中でもミラノといえばドゥオモ寺院が有名だがこれが天才レオナルドダヴィンチの設計といわれる。そこから1Kmも離れない処に最後の晩餐のあるサンタマリアデッレグラッチェ教会がある。そんな街を舞台に開会式は始まった、そしてそこに現れたのはベルディ、プッチーニ、ロッシーニが被り物をつけて踊りだした。極めつけはアンドレアボチェッリがトゥーランドットのアリア誰も寝てはならぬと歌う、この歌で荒川静香氏が金メダルを獲得したのは20年前だという。
特に私が印象深く感じたのは開会式の演出だ。単純化された舞台は印象深く光のラインが効果的に空間を変化させ異次元の効果を生んでいた。圧巻は未来的な聖火台と凱旋門とのマッチングだった。その未来的なデザインが過去の遺物をノスタルジーの世界からファンタジーの世界に昇華させている。
このような素晴らしい演出が西洋文明発祥の地といわれるイタリアから世界に発信されていることはとても意義深い。というのも美意識というのはきっと、記憶の世界を超越した繋がりから生まれているように感じてならない。つまり西洋文化の美しさは西洋人が辿った歴史により洗練され表現されているように思えてならない。それは人間だけの歩みばかりでなく、そこに建てられた建築や色彩の好みなども不思議とお国柄が表れているように感じる。特に入場行進時の選手の衣装デザインを眺めているとそのような思いが強くなる。
期待の日本選手は光沢のある赤のジャケットを着ていたがいかにも素材にこだわりがあるように見えた。演出の上手さで言えばイギリスチームのマフラーの演出はハリーポッターの世界を彷彿とさせ家族一番のお気に入りだった。ようするに国という括りには色や形の好みが何故か現れてしまう。問題はこれを肯定的に捉えるか、そのような違いがあってはならないととらえるかの違いではないだろうか。
それにしても冬のオリンピックといえば今回ロシアの不参加は残念で仕方がない。平和の祭典といわれるだけにこのような状態が早く終結することを祈るばかりだ。