続 盾つく虫も好き好き
2026年 5月22日 戦いは必要なかった件

これはウクライナ戦争勃発当初に、国際連合が正しく機能していればの話だ。現状を見れば、解決どころか核兵器のボタンに手がかかる寸前で、これをロシアの脅しと楽観視するのは大変危険だ。というのも核弾頭の数を比べてもこの勝負は見えている。この戦いで西側に勝ち目があるとすれば、それはアメリカが核兵器の報復に同意した時だけだ。この状況でウクライナの勝利は果てしない妄想に近い。たとえウクライナの攻撃にロシアが耐え切れなく成れば、核兵器の使用に至るのは当たり前だ。
しかしながらこれを回避できる可能性を考えれば国際法が公平に履行されることである。つまりウクライナ戦争で問題なのは、ロシアの侵攻前ウクライナに挑発行為が有ったのか無いのか、またミンスク合意2という停戦合意が護られていたのかどうかが、この戦争の解決になるはずだ。これについての正しいジャッジが成されない限り戦争の終息は望めないだろう。先日観たワールドニュースではイギリス議会はロシアの汚い原油は輸入してはならないと大騒ぎッだったが、イギリスの首相がウクライナに乗り込まなければ4年前にこの戦争は終わっていたという噂もある。とはいえ、一番の問題は国際平和を目的に設立された国連が常任理事国という無理な建付けのために全く機能出来ないでいる。また戦争の放棄という条文も現実との乖離が激しく、これではまともに話し合いのテーブルに着くことさえ不可能に思える。
さて、国連の機能として基本的人権の尊重があり、具体的に自由権、参政権、社会権が各国において護られることだが、そうだとすれば国連が国家の設立を認めないのは、基本的人権に違反する行為ではないだろうか。というのもミンスク合意はドンバス各州が独立を宣言していたにもかかわらずこれをロシア、ウクライナの停戦合意で納めてしまった経緯がある。もしここでドンバス各州の独立を国連が認め国連への加入が成されていればこのような戦争は起こっていただろうか。
さらに言えば台湾有事という言葉が独り歩きしているが、この話もウクライナ戦争と同じ線上にある。というのも台湾の居住者は自分達の暮らす土地を領土として自治を行っている。しかも歴史を辿れば太平洋戦争の戦勝国として日本のポツダム宣言受諾に署名している。その後中国は共産党革命により中国全土を掌握することになるが、この時中国本土から台湾へ逃れた蒋介石は台湾の自治を継続して行っていた。ところが、1971年に突然国連が常任理事国を中華人民共和国に変更しこれを唯一の国家とした為、台湾は国連から脱退する道を選んでしまった。そのためこの時から台湾は国際的に孤立無援の道を歩まざるを得なくなったのである。ここで考えて欲しいのは基本的人権にある自由権には結社や居住に関する自由が含まれている。と言う事は国家を設立しようというのは基本的人権に含まれるのではないだろうか。だとすれば、国連が台湾を独立した国家を承認しないのは国連の意味自体が問われる重要な問題である。
さらに言えば、現在のパレスチナの問題も、まったく同じ構図が見えてくる。というのも、もともとそこに社会を形成し、居住していた人々の権利を国連は尊重していたのかという問題がある。このように人類が平和を願い創設した国連の運営が偏って見えてしまうのは、常任理事国という偏った縛りで物事が決定されることにある。つまり現在血で血を洗う戦争が継続されているのも、そもそもの原因を辿ると国家という認識の問題であることがわかる。つまり戦争以前にテーブルの上で十分解決が望める話市ではないだろうか。とはいえ、こんなことは世の中の偉い人が考えるべきこととは思うが、痛い目に遭ったり泣かされるのは、いつも我々一般庶民だ。なので我々庶民は「眠ってはならぬ、いつも目覚めていなさい」なのである。