独立自尊 奥の細道
俳諧について
奥の細道について書いていると、じっくり楽しむためには諸々知っておいた方がいいことがあります。当たり前のことのようですが、いまさらそのことを痛感しています。
以前も俳句と俳諧について触れていましたが、これまで俳諧とはどのようなものかあまり触れずに来ました、できれば素通りしてしまいたいところでしたが、私の気持ちが落ち着かないのでここですっきりさせようと思います。
まずは和歌と呼ばれる日本の詩の特徴は字数の制限を持っている定型詩が主流だということです。5・7・5・7・7この形が和歌の基本で短歌と言われますが、対する長歌は5・7の部分を3回以上繰り返す歌になります。ところで、和歌は単独で詠まれるという形より、複数名で繋げて読む形が一般的になります。この複数名で繋げて詠む楽しみ方を連歌といい、この連歌の楽しみ方が和歌の主流になってゆきます。
またこのような歌が記録として残されたのが平安時代と言われます。日本では天皇から庶民まで和歌を楽しみ記録されましたが、その編纂に天皇がかかわることを勅撰と言い、最初の勅撰和歌集が古今和歌集と言われます。
この古今集は全部で19巻になりますが、ジャンルにより括りを変えています。その括りの内「俳諧歌」という括りがあり、古今集には58首掲載されています。どのような括りかと言えば、世俗的で滑稽な内容を含む歌が選ばれ口語や俗語も歌に詠まれていますので、庶民の生活がよりリアルに伝わってきます。
その一例が「山吹の花色衣主(ぬし)や誰(たれ)問へど答へずくちなしにして」山吹という花は黄色い花ですが、実際に染料として使われるのは、白い花で知られるクチナシの黄色い実です。つまり山吹の花色衣とはクチナシで染めた黄色い衣のことです。
「この黄色い着物は誰のだ、と聞かれても答えることが出来ませんクチナシ(口無し)だからね」まるで笑点のようです。つまり俳諧とは、いわゆる世俗の滑稽さを示す言葉になります。このような流れから江戸時代には談林によって言葉の掛け合いで時流の話題を楽しむ遊びが流行り俳諧としてそのスタイルは確立されます。
それでは次に、俳諧のスタイルについてですが、基本は短歌にあります。そのうち5・7・5を長句、7・7を短句として、長句を詠まれたら短句で返します。また長句を発句、短句を脇句または、俳諧の最後でよまれるとは挙句⦅あげく)とも言います。挙句の果てという言葉は、よく使う言葉ですがここから来ているようです。ややっこしいのですがこのほかにも、上の句(かみのく)、下の句(しものく)という表現があり混乱しやすくなります。
因みに芭蕉はこの発句に重きを置き、俳諧のいわれでもある滑稽や俗っぽさに距離を置き蕉風の独自性を強めていきます。後に正岡子規が発句を独立した表現として俳句を確立させましたが、芭蕉の表現したかった世界にさらに磨きをかけた形になりました。俳聖と呼ばれる芭蕉ですが、芭蕉のいた時代は、俳句は存在しておらず、まだ俳諧として連歌が楽しまれていたということです。
ところで、連歌として楽しむためには、どうしても複数名で楽しむことが必要です。まずはその会を仕切るトップが発句を読みます。この句によって俳諧の趣旨が決まる重要な部分で、ここは宗匠である芭蕉の役目になります。そしてこの句を誰かが受けるという流れになります。たまに5・7・5の中に季語が入っていない句を見かけますが、すでに発句の中で季語が詠まれていれば、下句に季語がなくても問題ないそうです。
ところで現代の俳句の世界から俳諧を見ると連歌の世界は結構特殊な娯楽に見えます。あえて例えるなら、俳諧はコンサートツアーのようで行く先々で人を集め興行を行うようなものです。そこで、詠まれた句は記録として残されます。
このことは芭蕉が松島を尋ねた時に俳諧では句を残しているが、奥の細道には載っていないということが起こります。また、俳諧興行先では、まだ訪れていないところまで、先に俳諧において披露されるということも度々起こっています。
つまり、俳諧にしろ俳句にしろいずれも創作の世界ということです。
このようなことからすると私たちが奥の細道に期待する、いわゆる世間を離れ漂泊の思いを感じて詩に詠むという旅よりは、次の興行先や俳諧の受け入れ先などの連絡を取りながら忙しい毎日を送られていた旅のようです。
最後に俳諧の記録についても触れておきます。通常連歌は100首読んで100韻という単位だそうです。芭蕉の頃は36首で1歌仙という単位が多かったそうですが、この1単位を1巻といったそうです。一巻の終わりとはここから来るそうです。また、この記録には懐紙が使われました。お茶をたしなむ方はご存じだと思いますが、お侍さんが、懐から出してくる紙のことです。大きさは1尺2寸と1尺6寸これを半部に折り、折り目を下にして右側を閉じます。約18cm ×21cm の大きさです。この裏表に句を記録していきますが片面14首という決まりがあり初めの表と最後の裏は数が違います。因みに歌仙の場合ですと表6首から始まります。なぜこんな細かいことを記載したかと言うとこの懐紙を何枚使うかによって俳諧に詠み込む内容が変わります。例えば季節のことなど必ず入れなければならないなど細かく決まっているそうです。