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2023年 ヒロイズムと犠牲について

gallery,ようこそ絵画 無意識 ヒロイズム

この思いなくして、夢を語ることはできない。ヒロイズムは理想という思いを現象世界に投影させることだ。とはいえ現象世界でそんなことを望めば、悲しいことに、その実現のためにはそれなりの自己犠牲と引き換えになる。だからこそ理想について時代や社会との整合性を常に考えていく必要があるのではないだろうか。

そのためにも社会の変化について公平性を欠いた情報を受け取ることは、自分を滅ぼすことになりかねないものとなる。

ではその判断の基準になる理想とはどのようなものだろうか、このことについて私は絶対的な理想とは定義できないと思っている。簡単に言えば個人とグループ、さらにはこのグループにおいてもグループの大きさによって理想は変化するものだと思っているからだ。

とはいえこのグループにとっての理想はグループの繁栄という言葉に置き換えることが出来るのではないだろうか。さらに繁栄は2つの視点で見ることが出来るのではないだろうか、1つには個体数の繁栄があり、もう一つはグループとしての時間的繁栄である。この2つのカテゴリーを満足させることがグループとしての繁栄であり、理想だとは言えないだろうか。

例えばこのことを国という括りで考えると1つには人口の安定であり、もう一つは言語や文化的営みの維持にある、当然その国固有の文化は国土の自然から多大な影響を受け発達するものであるから、国土を維持することは文化的繁栄につながる。つまり私が考える理想とは、このようなことを自分の心に思い描くことで、それを行動に移すためのモチベーションがヒロイズムだと思っている。

とはいえこのヒロイズムには攻撃的で自分をも顧みないという、盲目的な行動に及ぶ危険性をはらんでいる。このことが高じてテロリズムに走るものも出てくるからだ。そのため理想というものについては広範囲の情報をもとに常に国民同士のコンセンサスを図ることが大切だと思っている。本来このような仕事がマスメディアに期待されるところだが、どうやら現状ではそのような理想の高いキャラクターはすぐにマスコミ界から排斥されるものらしい。こんなことで日本からヒロイズムの芽を摘んでしまわないためにも、多様な立場の情報発信は必要なことではないかと考えている。