春望録
2025年 2月17日 はだかの王様
アンデルセンの有名な童話だが、この物語には現代社会に繋がる見識を感じる。今更のようだが改めてこのストーリーを読むとあまりにも現実世界と重なって笑えなくなる。さて物語には見栄っ張りではあるが、何らポリシーも美意識も持たない国王とそれを利用して一儲けしようという狡猾な機織りと仕立て屋が登場してくる。彼らは王様を罠にかけるため、ありもしない美しい織物の噂を流してこの国王に近ずく。そして国王はまんまと彼らの企みに乗っかり、とうとう裸のまま街中を歩き回っていたが、結局一人の子供に自分が裸であることを告げられるというストーリーなのだが、こんな馬鹿げたことを可能にしてしまったのは「馬鹿には見えない」という彼らの前置きだった。
私はこれとほぼ同じことが、今の日本で起こっているように感じてならない。というのも昨日、アメリカが実施している政府機関への非難について記事にした。ところが、その後もこのような非難の記事が湧いている。私もこのような記事を書いてしまった手前、やはり気にせずにはいられない、一応それらしい記事には目を通すようにしていたが、結局なるほどと思える記事にはお目にかかることが出来なかった。中でもトゥーランドットのような名前の権威は、記事の中でトランプ政権の経済政策が失敗することを予想していた。その理由は今のアメリカは産業の空洞化により、まともな工業製品を創ることは出来ないという。確かにその通りなのだが、そこに歯止めを掛けることが今回、トランプ政権の目玉になっている。私はそのモデルケースがモスクワにあるのではないかと思っている。
では、このような政策をトランプ大統領が取らなかった場合、世界はどうなるのかそれは西側先進国の惨状を見れば明らかで、例えば世界に冠たる自動車メーカーのメルセデスベンツも現在、日本市場において瀕死の状態にある。この原因は何と製品の信頼性に多くの問題があるということらしい。というのもトラブルの原因が電気系統に集中しているそうなので、恐らくこれを生産した国の品質管理が行き届いていなかったという証拠になる。要するにこのようなトラブルが発生するのはワールドサプライチェーンによる弊害とはいえないだろうか。そうだとすれば、自国の産業をこのような危険から護る方法があるとすれば、自国において確りしたサプライチェーン構築を目指さなければならない。だとすればこれからのアメリカ工業製品は、一時にでも海外からの価格競争を抑制し、国内における工業製品の技術開発を活溌化させることで、工業製品の確固とした付加価値を醸成することが必要になる。私は貿易関税はこのための政策ではないかと思っている。と言う事でお互い忙しい中で、日本の首相が日米会談を申し入れるのであれば、このぐらいの事前準備があって然るべきで、不確定なことは申し上げられないなどと、とぼけたことを言うよりは、「そのような事態に至らない為に、今後実務者レベルで両国の関係改善について模索していきたい」ぐらいの回答があって当然のように思う。とはいえアメリカが日本に次の展開を期待しているのだとすれば、確かにあの態度は評価に値するのかもしれない。
ところでこれはまだまともなご意見のほうで、これらの政策を文化大革命に例え民主主義に反するというコメントまで出てきた。呆れたというより、このコメントをした方は、次の仕事にありつけるのかと心配になってしまう。せめて長いナイフの夜くらいに例えておけば、これからもこのような仕事にありつけたのではないか。とはいえ今日のテーマは何故このような呆れたコメントが大手を振ってマスメディアで取り上げられるのかということだ。私はここにバカの壁を見るような思いがしてならない。というのもこのようなあきれたコメントが世間の目に触れるのは、やはり何かしらの根拠がなければ成立しないだろうと思うのだ。私はこのようなことを成立させるための大掛かりな舞台装置が用意されていると思うのだ。それが学歴によるピラミッド構造であり、これを世間に納得させるためにマスメディアは様々な番組を駆使してきた。最近もクイズ王なるテレビ番組が流されていたが。この件に関しては、これまでも心ある識者がことあるごとに警鐘を鳴らしていた。予め断りを入れておくが、クイズ番組が悪いのではなく、学校名を出してクイズを盛り上げるところにこのような作為を感じるのだ。つまりこのような番組の視聴者は、クイズ王のような立派な学校を卒業した人が間違ったことを言うはずがないという刷り込みを受けてしまうのである。
私がこのような僻みがましいこと言うのは、先のアメリカ大統領選挙でもこのような印象操作が頻繁に行われていたことにもよる。というのも以前からこのような権威主義的なものの見方はマスコミにより巷に流され、トランプ大統領の応援者は学歴の低い労働者だと印象付けたいようだ。こうなるとそうでは無い一般人が政治に口を出すことはそうとう勇気のいることになってしまわないだろうか。結局童話でもこの愚行を止めたのは学識や肩書のない無い一人の子供だった。とはいえこのままの世界が続けば、庶民の暮らしはフランス革命や文化大革命の起こった絶望的な環境へと向かわされてしまう。トランプ革命はそのような悲劇に対する非暴力の抵抗である。