今昔問答
2025年 7月23日 地上波初
これまでボヤキの的にされてきた、朝の経済番組でとうとうこの話題と巡り合ったと感慨深い思いでいる。とはいえこの出会いも全くの偶然で、偶然テレビのスイッチを入れたらこの話題だったので、今日以外にもこのテーマが取り上げられていた可能性は充分にある。
さて、このテーマとは何かといえば、何故日本の賃金は低いままなのかという問いだ。この答えとして番組のコメンテーターの方は、ようするに企業が企業業績に見合う賃金を支払っていないという明快なコメントをしていた。それによるとこれまで大企業が得てきた収益に比べ大企業に勤める労働者の賃金上昇が見合っていないという。番組ではこのことを企業による労働分配率の低さという言葉で表現されていたが、その原因については、証券会社の意向に沿った回答だったように思った。というのもこれに対するコメンテーターの回答は労働者の賃金を上げるためには企業の資産全体を増やすことで賃金を上昇させることは出来るとしていた。
要するにNISAを使って資産運用を活発にしましょうという落ちだが、なかなか衝撃的な切り口でついテレビに見入ってしまった。
出来ればその先に来るはずの税制についてのコメントも頂きたいところだったが、マスメディアでのコメントとしては、これだけでもそうとうな綱渡りのように思える。コメントの結論としては、賃金を自社株の再投資にむけ、労働者が企業全体のPBRを高めていってはどうかという提案がされていた。
ではこれ以外で労働分配率を上げる方法は無いのだろうか、これに対して私が思うのは法人税の増税だ。というのもこの番組でも述べられていたように日本のGDPは失われた30年といわれるこの間も、企業業績は着実に伸びており、それとは反対に日本人の個人所得は徐々に減り続けきた。しかもその酷さは、まるで産業の発展していない新興国と個人のGDPでは肩を並べる状態になってしまった。
不思議なのは、ここまで日本全体が歪な経済構造になってしまっているにも拘らず、これまでの日本経済に対する批判がマスコミはじめ、庶民の味方を標榜する与野党政治家からも一切示されてこなかったことだ。
私は今日初めて、この番組から日本人の賃金に対する疑問がマスコミを通して示されたと思っている。これも先の選挙により国民全体が今の政治に対しハッキリしたNOを突きつけた結果ではないだろうか。
さて、この番組で大きな収穫だったのは、このような好決算企業の内部留保について、私が今まで認識していた500兆円より、溜まりに溜まって今や630兆円を超えたという。この数字の恐ろしいところは、このままこの数字がいくら増えても、日本経済は疲弊したままであり、国民生活は全く豊かになることはないことだ。これはまるで体からはみ出す、哀れな贅肉のごとくで、いずれこれにより健康被害をもたらすことは想像に難くない。このような無駄こそ課税の対象にすべきと思うが、政府はそんなことに目もくれず税収が足りないの一点張りなのだ。
それどころかこれに賛同する政治家は国民の所得を増やそうという政策はポピュリズムで、政治を舐めるななどと言って開き直り、国民の生活が今どのような状態にあるのか、まるで関心がない始末なのである。つまり、護憲だなんだと口にしていながら、その基本となる基本的人権すら彼らには頭に浮かばないようだ。その証拠に、日々の食事もまともに口に出来ず、不安を抱えたまま暮らす国民に対し更なる増税を画策しているようだ。そればかりか、そのような弱者に対し従来の福祉サービスの基準を下げようという始末で、残念ながら、このような国民の良心である福祉を犠牲にし理屈の通らない財政規律を優先させようという血も涙もない政治家よりも、公平で合理的判断の出来るAIの方がまだましのレベルなのである。
ようするに国民ファーストというのは、まさにこのような限界に暮らす人たちに対し、ようやくその声を政治に取り入れ、これまで蔑ろにされてきた弱い立場の人達に、政治の手を差し伸べようという表現にすぎない。この言葉尻を捕まえて人間にランクを付けるのかというのは話のすり替えであり、普段から国民生活に目を向けている政治家の発言とは思えない。むしろ普段から国民の暮らしを真っ先に考えていれば、自分に何が出来るのか、何をしたいのか、今本当に発言しなければならない言葉が見えてくるはずだ。さてこれから大切になることは自分たちの主張をすることも大切だが、実際にこの国をどこに向かわせたいのか、その思いを遂げるためには自分たちはどのように行動すべきか見えてくるはずだ、今国民が期待しているのは、いつでも安全に暮らすことが出来て誰もが喜びを分かち合える日本の未来だ。