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今昔問答

2025年7月27日ようこそブログ

2025年 7月27日 バランス感覚

全てのことは、バランスにより成り立つ。すべてが正義と言う事も無ければ、すべてが悪くと言う事もない。結局どちらの要素が強いかでそのものの評価は決まる。具体的に悪人という定義も99%は同じ人間でありながら、他人を顧みないことやルールを蔑ろにするという性格の一部が人を悪人にしてしまう。

それにしても聖書の時代も罪人という線引き簡単ではなかったようだ。たしかヨハネの福音書に「あなた方の中で罪を犯したことの無いものだけが、この女にまず石を投げなさい」と言われて誰も石を投げることが出来なかったとある。つまり人は多かれ少なかれ心のどこかに罪を抱えているものなのだろう。

そのため人間社会では罪というものを客観的に判断できるように、詳細な罪と罰についての基準が設けられている。

ところで、一昨年の暮れ政界では不思議な事件が起こっていた。それが、裏金問題と言われる事件で、この事件は政治資金集めで集まった資金を、当初の予定より多く集まった分、集める貢献度によって再分配されていた。ところが、この再分配の資金がこれを受け取った各政治家の政治資金収支報告書に記載されていなかったという事件だ。さてこの事件、何が犯罪に当たるかを考えると、その犯罪性を問うことは簡単ではない。というのもそもそも政治資金集めのパーティーといえば、無記名で集める政治資金で、だとすればそもそも政治資金規正法で規制される賄賂性について立証することは極めて難しいからだ。

この時も、このような経緯から再分配の金は政治資金の要件を満たさず、だとすれば議員個人の雑所得となり、そう考えればこの事件は議員個人の雑所得の申告漏れに当たるのではないかという事件になる。確かに申告漏れは罪には違いないが、追徴金を払えばその罪は許されるのが世間の常識だろう。

ところがそのレベルの罪にも関わらず、巷ではまるで一生償わなければならない罪を負ったかのごとき扱いを受けていて、その証拠に彼らは未だに裏金議員のレッテルを貼られたままなのだ。

ところが一方で、私が払った政治資金が政治資金として扱われていないという明確な政治資金規正法違反に対しては、世間の関心はまるで薄く、これほどハッキリと政治資金を渡した人間が名乗り出て、国会でも追及を受けているにも拘らず、マスコミでの扱いはまるで無かったかのごとき状態なのだ。

さらに世間では、このような罪を追求されても当然の議員を擁護するデモが起こったり、著名な法曹界の有識者が出演するテレビ番組などでも、この事件が問題にされていないということはまれで、この状況を見れば公平な見識を持った立場の報道がなされているとは言い難い思いになってしまう。何を言いたいかといえば今の世の中、常識という基本的なバランス感覚が失われてきているように感じてならない。最近ポールシフトという言葉を耳にするようになったが、日本語にすると本末転倒と言う事だろう。

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Posted by makotoazuma