G-BN130W2PGN

お問い合わせ先

mail@makotoazuma.com

 

日々これ切実

2025年7月29日ようこそ

2025年 7月29日 お前の母さん出べそ!

昔、子供の喧嘩になるとこのような罵り合いが聞かれた。今では一体何のことかと頭を傾げてしまうが、これが相手を激高させるには意外なほど有効な言葉だった。恐らくこの言葉は揉め事の内容とはまるで関連性もなく、これが事実であることもほぼない無いにちがいない。因みに出べそというのは、腸がへその緒の跡に潜り込みお腹から突出してしまう状態だが、近頃出べその悩みを聞くことはめっきり少なくなった。

とはいえ、この言葉が何故これほど人の感情を揺さぶることになるのかを考えれば、そこには人間としての大切な感情があることが分かる。それこそこの言葉が事実に基ずく言葉かどうかよりも、自分の大切なものを棄損されたことへの憤りが感情を大いに揺さぶってしまうからだ。このような悪質な行為は、自分の容姿や能力を馬鹿にされることよりも遥かに相手の自尊心を気付つけることが出来るからだ。つまり自分の出自に関わる母親の名誉を棄損されることには、事実無根であったとしても相手を耐え難い思いにさせることが出来るからだ。

つまり昔からこの子供の喧嘩においても、問題をすり替えて相手の感情を揺さぶる高度なテクニックが用いられてきた。ところで、これを子供の世界だけの事かというと、大人になってもここから卒業出来ない人たちがいるようだ。

何のことかといえば、何かの抗議集会で平気で日の丸を棄損し、それが表現の自由だと言い張る人たちだ。彼らがこのような行為に及ぶのは戦争中、日の丸や国歌により国民を結束させ戦争を招いたという思いがあるからなのだろう。そんなことを言われれば、体育の時間に意味もなく被らされた紅白帽すら恐ろしいという思いにならないだろうか。

因みに、問題の日章旗が戦争を煽ったこともなく、君が代が戦争を勧める内容の歌でもないことは明らかなことで、これを戦争に加担したとしてこれらを棄損する行為は、母親の出べそを非難する行為以上の言いがかりを感じてしまう。むしろこれほど簡潔に宇宙全体の調和を表現したデザインもないし、君が代については国民と国家の関わりを、これほど美しく文学的に表現をした歌もない。しいて言えばその美しさゆえに、何ものにも代えがたい思いを国民に与えてしまう怖さがある。

これが私だけの狭い視野からではなく、日本の歴史を辿れば国民がどの時代においても皇統を尊重し国家としての日本を思ってきたのか知ることが出来る。例えば鎌倉時代には骨肉の争いを繰り広げていた武士たちが、外敵から日本を護るために力を結集し、たといそれが、幾万の数だったとしてもそれに怯むことはなかった。或いはまたその戦いで恩賞を手にすること出来ないと知っていたとしても、戦いを拒むことはなかったのだ。そのような偉大な魂の歴史が日本にはある。確かにこれは過去の話かもしれないが、この事実を大切に思い未来の日本人に繋いでいくことは現代に生きる我々の責任である。

ようこそ

Posted by makotoazuma