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2026年3月17日ようこそ

2026年 3月17日 どこが面白いのか?

昨日ネットフリックスで配信されているスオミの話をしようという映画を視た。この映画は2024年配信の映画で、正直当時の評価は両極端に分かれる。とはいえこの作品は脚本監督三谷幸喜氏という私の中では面白さの鉄板と思っている方の作品なのだが、この映画に関しては厳しい評価が目につく。さて結論から言えばこの作品は、三谷幸喜流の面白さが際立つ作品に思える、その面白さといえば、これが好きな人にとってこの作品は三谷作品の背骨のようなもので、譬えるなら「骨まで愛して」という古い歌謡曲まで飛び出しそうになる。

要するに舞台芸術というものに憧れを持つ世代にとって氏の表現するドタバタ劇は、ドリフの「八時だよ全員集合」や野田秀樹の「夢の遊眠者」に通じていて、この時代を満喫していた世代にはたまらない魅力なのだ。つまり氏の作品は大衆娯楽に対する限りないオマージュを感じるのだ。これはネタバレになるかもしれないが、今回視た「スオミの話をしよう」という作品は私が子供の頃流行っていたアガサクリスティーの「そして誰もいなくなった」の逆バージョンのようにも感じた。つまり登場人物が話の展開と共に消えるのではなく、話の展開と共に増えていく、つまり話がカウントダウンするのではなく逆にカウントアップしてしまうのだ。この状況で観客は、物語が結末に向かっているのかどうかさえ見失い、ドラマとの断絶を感じてしまうのかもしれない。恐らくこのアウェー感に陥った観客がこの作品に残念な評価を与えてしまったのだろう。その代わり理屈の合わないものを良く好む人達にとって、この作品はがえのない魅力になる。

それにしても舞台芸術といって際立っのが役者の演技力だ。因みにこの映画に登場する俳優は、10人に満たない数だが、なるほどいずれの俳優もつわものぞろいなのである。特に長澤まさみ氏についてはこの映画はその魅力がいかんなく発揮されている。恐らく氏の魅力を語る上でこの作品は、今後も大きな意味を持つ作品となるはずだ、それほどこの作品は無茶に徹している。だからこそこの作品は評価が大きく分かれる。しかも最後のシーンで歌われるヘルシンキはかもめ食堂のオマージュなのだろうか、このような演出も、厳しい批評家はどうしても鼻につくらしい。

話は変わるが動画配信のネットフリックスについて今朝ほどニュースがあった。なんと今回のアカデミー賞でネットフリックス関係の作品がアカデミー賞を総なめにしたという、それと合わせて、その陰では壮大な買収劇が起こっていたというのだ。これについていえばネットフリックスはこれまでワーナーの買収を目論んでいたのだが買収に失敗し、逆にパラマウントに買収されてしまったという。私の頭ではトムとジェリーがあっちに行ったりこっちに行ったりしているのだが、大切なのは面白いものを創って視聴者を喜ばせる人と、それを喜んで欲しがる人の関係だろう。確かに社会的な秩序は尊重するべきと思うが、それ以上の思いがここに加わると面白さという創作に最も大切なものを失ってしまう。夢の世界はいつまでも純粋であって欲しいと願うのだ。

 

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Posted by makotoazuma