日々これ切実
2026年 4月26日 今も昔も
「下手と云う個性」
今朝の散歩中、あまりにもサエズリの下手な鶯に出くわした。その特徴ある鳴き声のお陰で、いともたやすく彼の居場所は突き止められた。普段は姿を目に留めることさえ難しい鶯だが、私の古いスマホでもバッチリ撮影することが出来た。とはいえウグイスの擬態はさすがで真ん中に大きく映っているにも関わらずやはり判然としない。
分かりづらいついでと言っては何だが、公園内にある博物館の案内板には今月の25日からヘレンケラーが函館を訪れた時の資料を展示しているとあった。因みに私がヘレンケラーを知ったのは奇跡の人という舞台を見てからなのだが、そんな有名な人が函館を訪れていたというのは初耳だった。

気になってヘレンケラーが函館を訪れたのは何時の事だと思い調べてみると、1937年の事らしいこの年の4月から8月にかけてヘレンケラーは日本ばかりでなく、満州、朝鮮も訪問し、天皇陛下にも謁見されている。では何故函館の地を訪問されたのか、これは私の想像でしかないが、函館には明治28年、北海道では初めてとなる函館訓盲会という聾啞者のための教育施設が創立されている。きっと、彼女はこのような施設の充実を世界に訴えたかったのではないだろうか。ところでこの1937年という年を聞いて驚くのはこの年の7月7日に盧溝橋事件が起こり日中戦争は避けられない状況になっていた。
そしてこの戦争はこのまま拡大し日本は太平洋を挟みアメリカとは敵国として対峙することになる。つまりこれほど世界が緊張している中にあってヘレンケラーは海を渡り、敵国となるかもしれない国を訪れ、4か月に渡り丁寧に地方を巡っていたことになる。では何故、彼女はそのような事をしたのかを考えれば、彼女はこのことにより日本の文化をアメリカ国民に広く伝えようとしていたのではないだろうか。つまり戦争になれば相手の国民を鬼だ畜生だと罵り合う殺伐とした世界になってしまうことは想像がつく。ところが敵となるかもしれない日本にも障害者を労わる文化が根差しているのである。そのことを、自分の訪問記を発表することで自国の国民にも知ってもらいたいという一念だったのではないだろうか。
「話せばわかる!」沼る談合