盾つく虫も好き好き
2025年 12月22日 お金の使い方

この話はお金がある人はという前提の話で、正直今の私にはあまり現実味を感じない。気になるのは私の持っているお金ではなく税金で集めた国庫のお金だ。そうなれば私も日本国民である以上、ここから支出されるお金にはものを言う権利があるはずだ。
因みにお金といえば、使うことの他に増やすことも考えておく必要があるだろう。例えば企業の資本金などはお金を増やすためのお金と言える。それに引き換えそのような活躍の場を与えられないお金は死に金という酷い言われ方をする。
或いはポケットに札束を突っ込んで街中をうろつけば様々な人間の関心を引き、命すら狙われることになりかねない。要するにお金は目的や管理をきちんとしなければ自分の身も滅ぼしかねないのである。
ところで国家のお金といえば、国民の財産や生命を如何に守るかと言う事も大事な使い道になる。要するに国防に対する支出をどのように考えるかなのだが、いくら高い防衛装備品を購入しても、使い道が定まっていなければお金の無駄であり、そのトップが頓珍漢ではむしろ危険極まりないことになる。
このようなことを考えるにつけ、現在巷で騒がれている日本の核兵器保有については無駄であるばかりでなく日本人の良心を穢すものだと思っている。というのも核兵器が使用されて80年経過するが、あれ以来核兵器の使用は起こっていない。この事実をどのように解釈するかだが、核兵器を肯定する人は核兵器を保有することが戦争の抑止力になるという。なのでウクライナが侵略されたのは核兵器を手放したからだと言っている。この点で私はロシアがウクライナの挑発を受け侵攻に及んだと解釈しているので、むしろ核攻撃を受けていないのが不思議に感じている。では世界一の核保有国が何故核兵器を持たない国と3年もの間戦争状態にあるのか、私にはむしろそのことの方が不思議に思える。その答えとして考えられるのは、単純にこの兵器があまりにも非道で残虐なために使えないという理由だ。そしてもう一つはこれを使用した場合、その被害は相手国だけにとどまらず、これによる放射能汚染は自国民にまで及びかねないのである。その例として、朝鮮戦争勃発当時アメリカは、核兵器ではまだ優位な立場であったが、アメリカ政府はこの戦争に核兵器の使用を認めず、むしろこれを進言したマッカーサーを更迭してしまったのである。
ではなぜ日本だけが核の被爆国となったのだろうか、それは日本が島国でアメリカとは太平洋が隔でている。しかも朝鮮戦争と違うところは、使用当時アメリカ軍は、まだ日本本土に上陸していなかったのである。つまり日本は地理的条件からみても核攻撃を受けやすい環境が整っていると言う事だ。しかもこの条件に日本は核保していて核攻撃を仕掛けてくる危険性があるとなれば、日本への核攻撃は自衛のため仕方がないという大義が成り立ってしまうのである。
しかも核の保有は安上がりな戦争抑止力だという考えはどうだろうか、核保有国が通常兵器を持たないという話は聞いたことがない。しかも核兵器というのは火薬を使った兵器よりも管理費だけでもとんでもない費用が掛かっている。さらに言えば国土の広い相手国と対峙するためには一体どれほどの数核弾頭が必要になるのか、恐らくこの配備だけでも10兆円ほどの予算が必要になるだろう。これは現在の核保有国が年間に掛けている核兵器の維持費なのだが、これでも足りないことはハッキリしている。というのも核戦争の勝敗は一度起きれば、停戦や講和などで終わらせることが出来ない。結局、どちらが最終的に生き残れたかの戦いになるからだ。核兵器の保有を訴える人には、それでもやるんですかと問いたい。それよりむしろ国連の体制を見直し国連憲章の再検討を求めるようロビー活動にお金を使ってはどうかと思うのだ。核の冬を心配するくらいなら、ハニトラ、銭トラで銀座にタクシーの列が並んだ方がよほど楽しいのではと思う。