盾つく虫も好き好き
2026年 1月12日 天下布武

この言葉をよく用いたのは戦国武将で名高い織田信長だ。とはいえこの言葉は2つの受け取り方が出来るのだそうだ。一般的には武力によって天下を統一することと言われるが、それとは別に、武と云う言葉にはもともと戦いを止めるという意味が含まれているのだそうだ。つまり天下を統一することによって戦いを止めるという意味だ。
結局、日本の歴史では天下統一によって戦の時代が終わったのは、徳川家康の天下統一まで待たなければならなかった。さてこれは500年も昔の話だが、天下泰平の為には今の時代においてもこうならざるを得ないのかもしれない。
というのも、先日行われたアメリカ軍によるベネズエラ大統領の逮捕劇は、まさにこの思いを強くする。というのも巷では、このことによりトランプ大統領の肖像をヒトラーに似せた画像をばら撒き反民主主義のレッテルを張りたいようだが、今回の事件は表面をなぞればアメリカの武力介入には違いないが、その経緯を冷静に辿ればこの事件を招いた不条理が見えてくる。因みにベネズエラといえば、意外にも石油の埋蔵量が世界一なのだという、ところが不思議なことに世界の産出量ランキングにベネズエラの名を見つけることはできない。しかも資源の乏しい日本人からすれば資源大国の国民は、どれほど豊かな暮らしをしているのか気になる。早速調べてみると、彼らの個人GDPは何と日本の10分の一以下しかないのである。アジアの最貧国と肩を並べる日本人の個人GDPと比べてこの状態なので、ベネズエラ国民がこの国から逃げ出さないのが不思議なくらいだ。
つまりこの状態をみれば、そもそもこの国の政治はまともに機能していたのか疑問が湧いてくるのだ。恐らくこれほどの貧困状態であれば、国民は医療品や生活必需品さえ手に入れることは困難だったに違いない。つまりいくら資源に恵まれていてもこれを流通させる政治が機能しなければ国民生活は成り立たないのである。
さらにこの地域で民主主義が機能していたかを見ると、選挙になると候補者は命の危険を覚悟しなければならないというカオスぶりだ。この状態は周辺国のエクアドルやコロンビアでも立候補者が銃撃されるなどの被害があり、この地域でまともな選挙が成立しているのかさえ疑わしいのである。つまり、そもそもこの地域で民主主義自体が成立していたのかという疑問である。このように今回の大統領逮捕劇を詳細に見ていくと今回の事件は民主主義への挑戦だと言い切ることは非常に難しい。
とはいえ本来であれば、このような事態になる前に常日頃から民主主義や人権を掲げる国際機関が介入し、人権の回復や民主主義の徹底を呼び掛けるべきだったのではないだろうか。つまり今回の事案を解決すべき国際機関の不甲斐なさをこの事件は物語っている。そのような視点で見ると、アメリカに押し寄せる不法移民とは南米各国の政治不在によって発生するものであり、これを止めるとすれば結局大国の軍事力に頼らざるを得なかったということではないのだろうか。
ここでつくづく思うのは、一般庶民にとってもっとも大切なことは「民主主義だ人権だ」の前に今日も明日も無事に過ごせることだろう。自分たちの力で政治が上手くいかないのであれば、嘗て様々な国がローマやペルシャの支配を受け入れたように政治を大国に委ねることも人類の偽らざる歴史なのである。