続 盾つく虫も好き好き
2026年 2月28日 替わりにお前が戦場に行け!

憲法9条に関わる議論になるとよく聞かされる反論だ。こう云われれば確かに私は戦場など行きたいとは思わないが、このようなことを言う人には逆に「それで本当に大丈夫なんですか」と聞いてみたくなる。これでは、オリンピック選手を国を挙げて応援しましょうと言えば「そんなプレッシャーを選手に与えて過酷な競争を煽るくらいなら、お前がオリピックに行け!」といわれるようなものだ。こんなことを、国会でも公言できるのは、武器を持たねば決して攻撃を受けることは無いと信じ切っているからなのだろう。ところが目の前の現実を見てみれば、相手国の要求を飲まない国は即、武力行使の対象にさている。これほど明らかな現実を目にしても、未だに目が覚めないのでは、議論を重ねても解決に向かうことは難しいだろう、これこそ洗脳の恐ろしさに思える。
今回の選挙で驚くことに、これまで憲法改正は悪だといっていた議員が、解散総選挙の声を聞いた途端改憲擁護を謳う政党に鞍替えしてしまった。彼らの弁によると、これからは現実路線に目を向けて行くというのだ。つまりこれまで彼らの誰もが改憲反対は現実離れしていると認識していたのだろう。
さて洗脳といえば、GHQの仕業と思われがちだが、現実はそう単純ではなさそうだ。というのも資本主義の国アメリカが何故共産国家を利する憲法9条を認めてきたのか疑問である。というのも、戦後まもなく始まった朝鮮戦争において日本を占領下においていた最高責任者マッカーサーは、日本が同盟軍として参戦出来ないか画策していたという。もしこの時、日本が再軍備を受け入れ戦争に参戦していたとすれば、日本は無事で済まなかった可能性がある。
しかしながら、朝鮮戦争が始まる1950年から更に5年ほど前に時計を戻してみると、果たしてこのような戦争は起こっていただろうかと更に考え込んでしまうのである。恐ろしいことに、朝鮮戦争の犠牲者は南北合わせて500万人を超えていたというが、その後も、ベトナム戦争、インドネシア独立戦争と続き、日本が平和を享受している陰でアジア太平洋では常に戦争が繰り返されてきたのである。
因みにトランプ政権のアメリカは、これまでのNATOの中心という立場を改め、アメリカファーストという内政中心の政策を展開しているところだ。つまり現在アメリカが中東に向け軍事力を展開しているのは、このまま戦争が続き世界が混乱すれば世界の経済は停滞し、その結果自国の経済にも影響を与えかねないと考えるからだろう。要するに武力による戦争の抑止という考え方で、私は話し合いでの解決が見込めない場合も考慮し、最後の事態も想定することは国家の責任と考えている。