続 盾つく虫も好き好き
2026年 3月7日 謎の国

現在アメリカから無条件降伏を突きつけられ、世界の注目を浴びるイランという国について、日本人のほとんどは中東の国以上の知識は持っていないかもしれない。というのもこのあたりの歴史は、あまりに複雑で取り付く島もないというのが実情ではないだろうか。
とはいえ、実際、ウェキペディアで調べてみると同じような名前を持つ隣の国イラクとではまるで違う人々ということが分かる。人種的にもイラクはアラブ人、イランはアーリア人系のペルシャ人なのだそうだ。そのためイラクとは言葉もまるで違っている。とはいえ宗教は同じイスラム教だろうと思われるかもしれないが、イランのイスラム信者は、イスラムでも少数派のシーア派という宗派なのだという。とにかくイスラムイコールアラブ人という日本人のステレオ認識がイラクとイランの違いを混乱させていることは間違いない。
とはいえ、もともとペルシャ人はイスラム教徒だったのかといえばそうではない。ペルシャといえば紀元前550年のアケメネス朝から始まり、651年に滅亡するのササン朝ペルシャまで、ペルシャにはゾロアスター教という自然崇拝の信仰があった。ところがその後にイスラーム共同体の侵攻により占領されたペルシャはイスラム教徒の国になったのだ。ところがそれだけにとどまらず、イランの歴史をさらに複雑にしているのが、石油利権と王朝の繋がりである。というのもイスラム教化を受け入れたペルシャの王朝だったが、WW2以降、王朝は石油利権と交わりアメリカとの親交を深めていった。がしかしこの動きに反発する勢力に対しては厳しい弾圧も辞さなかったのである。ここに強い懸念を持ったアメリカ大統領JFKはイランに対し白色革命という西欧風民主化の導入を進めるが、イランは石油利権で潤う一方、イラン国内には貧富の差が拡大していた。
その為、生活に困窮するイラン国民は信仰を軽んじる社会が、世の中の貧困を招いたと考えたのである。つまり信仰を守り厳格化することで社会の不条理を正すことが出来るという、一見階級闘争とも通じる考えが共産主義国家との親和性を生むのだろう。しかしながら、その親和性はいずれ根本的な問題で相いれないことになるに違いない。
さて、よく分からない国イランと言う事になるが、日本との繋がりは、意外にも古いようだ。というのも以前東大寺の落慶法要を紹介していたTV番組で、天平時代に来日した各国代表に扮し、境内を練り歩くというお祭りを視た。その中に布切れに目鼻立ちのハッキリした顔を描きペルシャ人とする一団も登場してくる。仏教伝来を伝えるお祭りなのに、何故、異教徒の彼らが登場するのか不思議だったが、その当時のペルシャ人といえば、まだゾロアスター教を信仰する人達だったのかもしれない。だとすれば少なくとも彼らは、異教徒の信仰にも祝辞を示すことが出来る寛容な人達だったのかもしれない。