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続 盾つく虫も好き好き

2026年4月22日ようこそ

2026年 4月22日 何故ルールは必要か

世の中の動きを見ていると、こんな当たり前に思えることも、もう一度考えた方がいいのではと思うことがある。とはいえこの世には、目に見えない自然界に備わった法則もある。

今日はそこまで視野を広げるのではなく人間様の創る身近なルールや法律はなぜ必要なのか考えてみたいと思う。具体的に我々はごく自然に日本人であることを認識しているが、何時から日本人に成ったのかといえば、名前を付けられ役場に届けが出されてからだろうか。いや両親が日本人であれば妊娠3か月で日本人ともなり得る。とはいえそうなれば、日本人として果たすべき様々な義務を負ってしまうことになる。要するに国という括りに縛られ、様々な制約を受けながら暮らすことは、果たして良いことなのか、どうか改めて考えてみたい。

例えば、公園に備え付けられている給水所や手洗い、舗装された道路や街灯などはジャングルや砂漠などの自然界には存在しない設備だ。では何故そんな便利なものが当たり前のように存在するのかといえば、誰かのお金を使い誰かの労力によって創られたのは間違いない。つまりこのような、人口の設備は国という括り無くして存在するものではないのだ。そのかわり、このような括りの存在しない世界には自由があり、能力さえあれば思う通りの生活が出来るはずだ。では自分にそんな能力があるのか問われれば途端に心細くなる。結局、それほどの力を持たない生物が生き残るためには、自由どころか常に警戒を怠らずいつでも逃げ出すことを強いられることになる。

何を言いたいかといえば、人間は国家という概念を持つことにより、自分の能力の限界を超えて国家の一員として生存することが可能になる。つまり国防は個人の能力の限界を超えて個人の生命を守る事になる。このような視点で国家が保持する武装を考えれば、武装は相手を屈服させる為だけに発達したとは言い切れないのである。とかく武装することが戦争を招くと敗戦後の日本人は刷り込まれてしまったが、戦争とは通常外交の最終手段と認識されている。つまり武力の保持と戦争に至る過程は一直線ではなく、憲法で定められている戦争放棄は現在世界中で起こっている紛争の抑止には貢献できているとは言い難いのである。

具体的にいえば、日本の場合エネルギーや食糧供給に至るまで、そのほとんどを海外からの輸入に頼ってきた。ではこの海上輸送の安全をどのように守るかと言う事が目の前に迫った問題になる。今の処現実にホルムズ海峡の通過は機雷封鎖の可能性もあり、これを探知できる護衛艦の護衛なしでは、輸送船が安全に航海が出きる状態とは言えないのである。つまりこの状態を国家としてどのように捉えるかが問題で、常識的な感覚では、ここが戦闘状態ため護衛艦の派遣は難しいというのは如何なものだろうか。このことが果たされない理由を考えれば、要するに日本が太平洋戦争で諸外国に多大な被害を負わせたという自虐史観以外思い当たらないのである。そうでなければ戦闘に特化した艦船が戦闘地域で行動できないというのは理屈が通らないのである。しかもこれが悪くて長射程のミサイル配備に異議を唱えないのは更なる矛盾である。

昨日自衛隊の訓練で死傷者の出る事故が発生してしまった。恐らく何重もの安全対策を講じられた中での事故だと思うが、そもそも扱うのは武器であり、それを扱う過酷な環境に日々自衛隊員は身を置いている。我々一般人が日々我が身の安全に神経を尖らせなくても、或いは誰に気兼ねなく好きなことを言って暮らせるのも、彼らが命を張って国家の危険に対峙してくれているからだと思う。このような事故が繰り返されないよう殉職された方々のご冥福を祈る。

 

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Posted by makotoazuma