続 盾つく虫も好き好き
2026年 4月24日 先人の思い

日本の歴史といえば、日本が現在のように世界各国と繋がる世界観を持っようになったのは明治維新からに違いない。またそうならざるを得ない状況になったのは幕府の開港政策に関わる話だ。要するに当時は日本国が望もうが望まざるが、日本の独立を護るためには富国強兵という踏み絵は踏まざるを得なっかったのだと思っている。
そこで日本はこの時から世界と対等に付き合うことを前提に国家の仕組みを創りかえていったのが明治維新という大改革だろう、要するに明治維新とは対外的な立場を考慮した国家体制造りで富国強兵と植民地政策は不可分の政策だったと言える。
ところで、靖国神社といえばとかく戦争犯罪者が合祀される神社というレッテルが貼られてしまっているが、そもそもその前身である招魂社は騎兵隊を指揮した高杉晋作の発案とされる。そして招魂社は内務省令として全国に公布される。要するに靖国神社の前身は新政府の国策により誕生し、1879年明治天皇の命により誕生した由緒を持つ、因みに全国に設置された護国神社は1936年に改称された。
何を言いたいかといえば靖国神社が誕生するそもそもの切っ掛けは明治維新にありここから始まったのが立憲政治である。さて長々とした前置きになってしまったが、先日行われた靖国神社の例大祭に高市首相が参拝しなかったことに、右寄りの思想を持つ方は不満を持っている。というのもこれは、歴史認識を不当に解釈する他国に阿る行為にすぎないと解釈されるためだ。実は私もこのニュースを聞きガッカリしてしまった内の一人だからだ。とはいえ、一国の責任を担う立場になれば、そこをあえて控えても優先させなければならないこともあるのだと自分を納得させている。というのも、靖国に集う英霊にはこの状況がどのように映っているのかを考えればやはりその思いこそ慰霊になるだろうと思うからだ。
何を言いたいかといえば、彼らが命を捧げてまでも守りたいと思ったことは何である。それは日本国の繁栄以外ないだろう。そして彼らの決死の努力は、後進の我々が確りと受け継ぎ無駄にさせないことだと考えている。つまり、我々日本人が富国強兵と云われながらも目指したのは、五属共栄と謳われる人種差別などの起こらない世界なのである。その為に取り組んだのが帝国主義ともとられる日本の植民地支配は彼らの言語や文化を尊重しようという考えに貫かれている。確かに戦争中の過酷な状況では、意思疎通を円滑にするための日本語教育は積極的に推進されていたものの、彼らの言葉や文化に制限を加えるようなことはなかったのである。
確かに帝国の象徴するところは植民地支配と言う事になるが、実際の日本の統治は利益の搾取を目的にする既存の帝国支配とは一線を画す、その例として支配地域のインフラ整備と支配地域の教育を最優先に取り組んでいることだ。しかもそのための出資の多くに日本の国費を投入されたという。このような状況に、身売りまでしなければ食いつなげなかった日本の貧しい農村出身者からは、政府の方針に対し、相当な不満があったと聞く、これが後の軍事クーデター未遂に繋がったと聞くので、軍事クーデターですら国民の敵というレッテル張りは歴史の正しい理解とは言いづらい。
つまり軍人といえば、暴力に執りつかれた亡者のように考えるのは、公平なものの味方ではない。場合によっては平和や人の安全を願い銃を取らざる得ない環境に置かれる場合もあり得るからだ。実際にWW2で日本が国際連盟を脱退した理由は人種差別撤廃が国際連盟に受け入れられなかったという経緯があり、石油が輸入が止まる状況は国家存亡の危機に繋がると思われるのも、現在の日本の状況と変わらない。要するにこのような事態を黙って知れば、アメリカ人が日本人の命を救うために命を張ってくれると考えるのか、自分たちで出来ることがあれば自分たちで動こうと考えるかの違いになる。
私が思うのは、そうやって先の戦争で命を繋いでもらった我々が、先人の思いを受け継ぎ果たすことが、靖国に眠る英霊に唯一報いることではないのかと思うのだ。要するにその思いとは、五属共栄というアジアの繁栄と平和の実現のことだろう、