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続 盾つく虫も好き好き

2026年5月17日ようこそ

2026年 5月17日 認知戦

戦という字がつくと何だかきな臭いイメージになるが、とはいえ選挙運動やマスコミ報道などを見ていると、すでに様々な所が戦場と化しているように思えてくる。今朝ほども文春オンラインに《サナエブームを歴史から読み解く》「非常時」に登場した高市早苗と近衛文麿の“驚くべき共通点”という見出しが目に入った。驚いて記事を読んでみると、日本を太平洋戦争に巻き込んだ近衛文麿との共通点を何とかあげつらいたいのだろうが中身の薄さはこのブログといい勝負のようだった。なんでも高市首相はメディアの使い方など情報発信力が近衛文麿同様傑出しているのだという。ここで思わず吹き出してしまったが、大手メディアの新聞社がこぞって祭り上げた近衛文麿と、マスメディアの妨害工作と対峙しながら個人的な情報発信に依存せざる負えない高市首相と、同じテーブルに載せてしまうところに改めてマスメディアとは何かを考え込んでしまう。

因みに昨日の産経新聞の記事によると東大「五月祭」に爆破予告、参政・神谷代表の講演中止 主催団体「卑劣な行為、許せない」という記事の見出しがあった。この企画は右合の衆というサークルの企画で、会場となった東大安田講堂といえば1969年に起こった立てこもり事件が蘇ってくる。この時も日米安保継続に反対する学生と、様々な社会問題を訴える学生運動が連携して安田講堂に立て篭り、結果457名の逮捕者を出す大事件となった。さて私の視点からこれらの事件を眺めると、これらの事件はいずれも不法行為であり検挙されるのは当然だと考えている。

これについて講演を妨害した側の言い分は、参政党の差別的発言は大学の校風にそぐわないという意見だ。ところで差別が問題になるのは、差別とは不当な根拠により強いられる不利益のことで、具体的に出身地や人種など選別の目的にそぐわない基準で選別されることだ。

ところでLGBTQで問題にされる男女性については、労働環境における能力において比較される場合、これは不当な基準と言えるだろうか。というのも性別により、男女はそもそも身体的特徴が違っている。その違いといえば、筋力や排卵に関わる不調など個人の思いとは関係のないところで社会に影響を及ぼしてしまうことがある。このような生理的に備わった特徴を無視して労働にあてれば、身体的に不利になる場合が考えられる。さらに深刻なのは、このことが人口の増減を左右する要因になりえるからだ。このため男女性については労働環境について国家的な配慮が為されてきたのである。特に女性の労働環境については格別な配慮がなされてきた。例えば専業主婦という立場を、一般的な労働者と同格にして社会的福利厚生が自動的に適用されていた。これが、SDGSにある男女雇用均等法施行前の考え方である。つまり国民年金における3号被保険者などの制度は、少子化対策の1丁目1番地だったのである。その他にも女性には生理休暇に配慮することや深夜労働の禁止などが厳格化されていた。今から思えば社会全体が少子化ににならないよう気を配っていたことが分かる。

恐らくこのようなことを前提に、LGBTQ法案が社会に及ぼす影響を考えれば、看過できない思いに至るのも無理はない。そのため、これらのテーマについては厳しい言葉使いが目立っていたのかもしれない。実際参政党のHPを覗くと、この問題点についての見解が載っていた。とくに政党が問題視しているのは、学校教育におけるLGBTQの扱いについてで、教育の現場にマイノリティの性教育は必要なのかという現実問題がある。つまりこれがなければ、性差別なのかという普通の疑問が湧いてくるが、このような法律解釈もまるで議論されないままこの法律は施行されてしまったという事実がある。もちろんこんなところまで食い下がるマスコミの論調などどこにも見当たらないのである。

このようにあやふやな定義のままLGBTQ反対は差別主義者のレッテル張りがなされるのである。今回の右合の衆の企画も反論は議論を尽くして行われるべきだという思いを感じる。確かこの講堂では三島由紀夫も講演をしていて激しい論戦を交わす映画があった。このようなやり取りを眺めていると、右翼と云われる方々から感じるのは遵法精神と議論を尽くそうという姿勢だ。それに対して左派のとる行動は、平和や非暴力という言葉を使いながらも不法で暴力的な実力行使が象徴的に思える。

結局講演を中止させた勢力は、爆破予告や座り込みによる学校内の占拠を行ったが、その結果、憲法で守られるはずの学生の知る権利は奪われ、ルールに基づき学校側の許可を取りつけ、ようやく当日を迎えた右合の衆に対しても威力業務妨害を行った事にならないだろうか。さらに言えば、国会議員であり国政政党を代表する神谷代表の発言を妨害されたことは看過できない。もし、これを不問のままにすれば、このような横暴を党を代表するものとして、或いは国民の負託に対し背くことにならないだろうか。また国立大学の場においてこのような横暴を野放しにしたとあっては学校としての体面を保つことはできないだろう。

私はこのような些細な事案が、国家を巻き込む大ごとになるのではと心配になる。東大といえば多くの閣僚、官僚を輩出するいわば日本の頭脳だろう。そんなところでこれほど論外なことが起こっているのである、これが他国による認知戦の一環だったとすれば、空恐ろしい結果になりかねない。大事故は多くの些細な事故の積み重ねだと云われる、彼らの知性は国の宝だと考えれば、これから彼らの人生を誤らせな為にも、確りしたサポートが必要だと思う。

ようこそ

Posted by makotoazuma