続 盾つく虫も好き好き
2026年 5月10日 戦後の日本人

日本人と云っても生まれた時代によって大きく環境が変る、もし学習や環境によって個性が出来のであれば時代の変化により、日本人も全く別人になったのか。とはいえ私の目には今の日本人もその独特な個性は変わらないように感じる。
というのも現在の世界情勢を見ればどれほどの緊張状態にあり、一歩判断を間違えば世界と共に人類消滅になりかねない。その中にあって日本は迅速で的確な判断の出来る首相を誕生させることが出来た。因みにBBCの報道によると今月7日投票が行われたイギリス地方選挙において極右政党と呼ばれるリホームユーケイが最大の支持を得たという。リホームユーケイといえば嘗てブレグジットを推進した政党で、このことはEUとは距離を置く政策にイギリス国民は再び傾いたと言う事なのだろうか。
さて極右といえばナショナリズムやポピュリズムと揶揄されるがその最も大きな根拠が、ナショナリズムと軍国主義の同一視だ。これが戦勝国イギリスでも起こったのかと思うと何だか微笑ましくなる。この点私の見方は国家観を持たない同盟は、民意という最終的な歯止めが効きずらいと思ってしまうのだ。
ところで今日のテーマにする戦後の日本にといえば、今よりよほど暴力的だった。というのもテレビからは学生が、ヘルメットをかぶり角材を振り回して、火炎瓶や催涙ガスが飛び交い放水車が学生をなぎ倒すという時代だった。とはいえ世の中の空気はそれほど彼らの運動を否定的に捉えていなかったように思う。ところがこのような彼らの運動に一気に冷や水を浴びせる事件が起こった。それがあさま山荘事件と云われる死者3人を出す立てこもり事件だ。この事件で最も陰惨な気分になるのは、彼らがこの間に起こしたリンチ事件が明らかになったからだ。つまり彼らは安保反対などアメリカの軍事力に頼る日本政府を非難していながら、自分たちの行動に逆らうものは平気で相手の命を奪うという異常性に世間が気が付いてしまったからだ。
その後活動家たちは、成田闘争へと活路を見出していく。この闘争は環境への悪影響から空港建設に反対する住民とそれを支援する政治家、及びこの活動を担ったのは中核派と云われる組織だ。この組織は、これまで何度もテロ行為を繰り返す赤軍派とは、思想も違い一線を置く。では彼らはこの争いを解決することが出来るのかといえば、法の支配を認めなければその可能性すら望めないのである。それよりも問題なのは、この闘争に日本の国会議員が参加していたということである。いくら弱い立場にある住民の為ではあっても、不法行為を厭わない集団と行動を共にすることは問題である。
結局このような状態のまま戦争反対を叫んでいても、戦争は国際法に准じた軍法により国民全体の最終的生存をかけて戦われるものである。これを私利私欲で行われるリンチと混同してこれを不問にすることは、法律を語る資格を問はれるレベルなのである。