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続 盾つく虫も好き好き

2026年5月20日ようこそ

2026年 5月20日 反証のための反証

さて本日は著名な識者による憲法9条についてのオンライン授業という記事を見つけた。対象は小中高生なのだそうだが未来の日本は彼らに掛かっていると思うとやはり内容が気になる。おそらく改憲にはネガティブな内容だろうと思ったが問題提起の仕方からもそのような理解で間違いなさそうだ。ところでこの講座を受けた生徒9人の内6名が改憲賛成という現状だったらしい。筆者もこれには驚いたそうだが私もそう思う。というのも人生を重ねた人間からすれば、憲法改正などと口に出すのはかなりのマイノリティーであり、これを口にする人達を思い浮かべると街宣車に乗った勇ましい人たちを思い浮かべる。おそらく、現代の若者にはそのようなイメージは薄らいできているのかもしれない。

さてこれはこの講師にとって忌々しき事態と感じたのだろう、記事には以下のように生徒たちが憲法改正に賛成することへの反証を挙げている。そこで、私もこれからこの反証に対し、更に反証を試みたいと思う。

早速この記事には、日本は十分な「自衛力」は持っているとある。: 国防予算の規模で日本は世界10位の「軍事大国」である。という記述があったがこれは事実なので致し方ない。問題はこれが日本に対する海外の評価と言う事だ。つまり日本は軍事力という評価において、海外からは世界10位の軍事大国と見做されているのである。筆者は自分でこの数字を持ち出しているので自衛隊は軍事力だという評価に同意しているのだろう。つまり憲法9条2項にある陸海空軍その他の戦力は、これを保持しないとあるがここは問題にしないようだ。とはいえ問題は、この分をよく読むと1項にも掛かっているので、2項だけを削除できるものではない。

どういう事かというと1項には国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄するとあるが、自衛のための武力はこれにあたらないという曲解だ。つまり、相手が武力行使に及んだ場合にのみ、これに武力で応じるのは戦争ではないという考えなのである。いわゆる正当防衛という考え方なのだが、そうだとしても正当防衛には過剰防衛という見方も存在する。

この話がややこしいのは、この文章が国連憲章へ続くことにある。つまり国連憲章に憲法が準じるといえば戦争や武力行使、武力による威嚇は放棄しなければならないことになるからだ。ところが同時にそこには「個別的自衛権」は国連憲章で認められているという例外があり、さらに、集団的自衛権も認められているのでここを深堀するとどうなのかという問題が出て来る。つまり集団的自衛権といえばNATOのように軍事同盟として参加国は同盟国の為に軍事力の行使をしなければならなくなるので、この場合は自国に対する脅威がなくても武力行使に及ばなければならないというのが、集団自衛権の意味するところだ。言ってみれば国連憲章そのものが現実に即していない矛盾を抱えているのである。

だからこそ、戦後80年の間何度も戦争が繰り返されているにも拘らず、国連は戦争の仲裁に介入できないのである。このような事態に業を煮やしたトランプ大統領は、自ら平和評議会を立ち上げ各国の参加を募っていた。つまり国連憲章に則した日本国憲法であっても、そもそもの国連憲章自体が現実を無視した条文であるため平和の貢献などは望むべくもない状態にある。

とはいえ、世の中が武力の優劣で決まるというのは、弱肉強食の世界を肯定することで、これを受け入れるのは叡智を望む人類としてあまりにも情けない限りである。これを回避する唯一の方法が法の支配だ。だとすれば現在の我々に出来ることは、法律自体を人類の最低限遵守できる基本的な指針に創りかえることである。このような努力が唯一人類の未来を明るいものに出来るのであって、現状維持は滅びの道でしかない。

 

 

 

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Posted by makotoazuma