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ゾクゾク盾つく虫も好き好き

2026年7月17日ようこそ

2026年 6月9日 柔らかいのか堅いのか

昔し柔道の金メダリスト山下 泰裕氏と対戦したことがあるという何人かの方の話を聞いたことがある。その印象は思っていたよりずっとしなやかだったという人も居れば、びくともしないと印象を話された方も居る。どちらも本当の印象に違いないと思うが、しなやかさや柔らかさと柔道の強さとは素人目には中々繋がらない。とはいえ柔道の極意がここに有るというのは読んで字の如しと言う事なのだろう。

なので、柔道の達人はしばしばオリンピックの階級別にも苦言を呈することがある。つまり強さは見た目の大きさや体重とは関係ないと言いたいのかもしれない。要するにここに存在する力の差こそが試合の勝機に結びつくということなのか。つまり相手が宙を飛ぶように投げ飛ばされるのは、相手が有り余る自分の力によって勝手にひっくり返るというイメージなのかもしれない。

何を言いたいのかといえば、私には軍事力もまたこれにならうところがあるように感じてならないのである。たとえば攻撃は最大の防御と云われるが、その落としどころも考えずむやみにこれを使えばその何倍もの反撃を受ける可能性があるからだ。そればかりか戦闘のステージをがさらにエスカレートさせてしまうことも十分考えられるのだ。その結果は独ソ戦の絶望的な惨劇として双方の歴史に刻まれているはずだ。

さてここで、軍事力について考えなければならないのは、GDP比や装備品の数で考えるのは防衛力整備の方向性として疑問である。要するに相手以上にミサイルを保有すれば、相手の攻撃を抑止できるというのは、相手の恐怖心に依存するあまりに身勝手な想像にすぎないのではないだろうか。つまり現実的にそのような脅威があるとすれば、まずは国民の生命財産を守ることを第一優先として、迎撃の失敗を前提にした防衛力整備を検討されるべきと思われる。何を言いたいかといえばこちらの攻撃イコール相手の反撃ありきで防衛力整備を考えなければ単なる独り相撲に陥る可能性がある。相手の攻撃をかわして相手の攻撃を封じることが柔らの道ではないのだろうか。

ようこそ

Posted by makotoazuma