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2026年7月2日ようこそ

2026年 7月2日 禁中並公家諸法度

歴史は繰り返すという言葉があるが、現在国会で問題になっている皇室典範も、その基になる法律が何と1615年(元和元年)徳川家康によって制定されていたという。(ウェキペディアより)

ここには天皇の主務に始まり養子縁組に関わる内容まで記されている。そればかりか中には僧侶の階級にまで言及されているので徹底している。要するに徳川家康は永続的な天下泰平を実現させるため、いの一番に法の支配を徹底させたと言う事だ。つまり日本の歴史においては禁中と表現される天皇をはじめ、ありとあらゆる権威がこの時代すでに法の支配を受けていた事になる。

ところで、この時代と現代で大きく違うところは民意という言葉だろう。要するに現在の日本国憲法では主権は国民にあるとされることから、天皇においても国民の総意に基づくとされている。これをネガティブに考えれば、国民の総意がなければ廃止にもなりかねないのである。しかしながら、日本国における天皇の存在は日本が国家という認識を持つ以前から存在しているのである。つまり、民意という概念すら生まれていない時代から厳然とした存在なのである。また、その謂れを辿れば日本最古の書籍である古事記、日本書紀を辿るしかなく、そこには神代から連なる系譜が記されている。

ところで、海外の王朝などは権威は権力を根拠として維持されるのが当たり前で、つまり王家の権威と政や軍事は一体というのが常識なのだ。ところが、日本では天皇の権威と政や軍事を司る幕府とは一線を画してきた。それでは日本における天皇の権威は何をもって維持されてきたのかと考えれば、それこそが目に触れることのできない民意だったように思える。

私はこのことを「民のかまど」という仁徳天皇の逸話が象徴していると考えている。つまりこの逸話にあるのは天皇が民の生活を思う心と、その思いに信頼を寄せる国民の心だ。何を言いたいかといえば、天皇がいつの世も国民に支持されているのは純粋な血統以前に、このような人徳に寄せられるところが大きいと感じている。そのような見方をすれば国民の支持というものは、現在においても蔑ろに出来ないことのように思える。さらに言えば天皇というお立場には、一般市民には到底窺い知ることのできないご苦労や資質が求められるのではないだろうか。そうだとすれば、そのことをこの世で一番ご理解されているのは天皇陛下以外おられないだろう。

 

 

 

 

 

 

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Posted by makotoazuma