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2026年7月13日ようこそ

2026年 7月13日 彼らは一体何を訴えているのか?

ここを理解しなければ議論は先に進まない。その為には共通の価値観が必要であり、もう一つは論理的思考というものが議論には大切になる。とはいえ論理的思考とは弁証法なのどのいわゆる数学的思考の事である。私などにとってここはなるべく割り算ぐらいのところで納めて欲しいところだが、悔し紛れで言えばこの技術に優れた見識を持っている人が政治に関わっても、必ずしも政治が良い方へ導かれないことは現実の社会が示している。

因みに最近歴史のラジオというYouTube動画を拝聴させていただき大変勉強になった。そこでも触れられていたのは往々にして左派の方は文脈が読めないという意見で、私も彼らの活動や国会での言動を見るにつけこのことに共感を覚えている。

特に平和へのアプローチなどを見ると彼らの言い分は護憲一択で、それはそれで結構なことだが、そこにある反対意見には聞く耳を持たないというスタンスなのだ。しかも護憲の為には個人の健康や礼節など人間として守らなければならない基本的な考えが抜け落ちてしまっているのである。残念なことに彼らが教育を受けられなかった無知蒙昧な人々なのかといえばそうでは無く寧ろその頂点ともいえる肩書をぶら下げている人も居られるので話はややこしい。つまり教育とは何かという疑問がどうしても浮かんでしまうのである。

さて本日のテーマは現在問題にされている皇室典範で右派が何故男系男子に拘るのかという問題がある。これを深掘ると多分に宗教的色合いが濃くなり、政教分離という建前上うかつな返事は出来ない。とはいえあえてその何故かに触れれば日本の戸籍を護るという一点にすぎない。つまり個人は家に従属される形で表現されているのが戸籍だろう。とはいえ男系男子に拘るのは古事記がそのように記されていたというよりないだろう。とはいえこのことは天皇についてのことであり、編纂の意向によっては欠史八代なども起こりかねないのである。

この中には不思議なことに女性天皇が大活躍されたことも記されている。或いは女性を天皇としないがために治世が乱れるたといこともあったようだ。何を言いたいかといえば女性が天皇であられた時代も日本には存在しているのだが、自民党がここに拘るのは、日本の戸籍が男系男子を基本に造られているからだろう。これについて自民党は婿養子の可能性も付け加えているが、右派の方は純粋な血統が乱れるという懸念からこちら側からも今回の皇室典範の改正には異議を唱えているようだ。

ではこの血統について言えば、生物学的に近親婚にはデメリットがあることは事実だろう。これは世界的にも前例がありハプスブルグ家などもこの問題に直面している。つまり生物学的な健全性を維持するためには純粋な血統を追求するよりも余白が必要なのではないのだろうか。

ここで私が気になっていたのは、日本には古来から通い婚というものがあった歴史がある。これは源氏物語で語られる通りでこれにも様々な作法があるとされるが、どこの誰というのは残り香が決めるというきわどさなのである。私が言いたいのは純潔と云えども、ここまで来ると現代科学で証明できる類のものではない。要するにここに科学的な根拠を求めるのも賢い在りようではないように感じるのだ。それよりも公の場で今上天皇の所作を目の当りにするにつけ天より授けられた威徳というものがどのようなものかを窺い知ることが出来る。これこそ日本人が象徴としなければならない最も大切な心に違いない。

話を整理すると皇統の純潔というものは男系男子により受け継がれ、今日まで続いてきたという日本には明確な歴史がある。しかしながら、これを生物学的に証明することが日本の歴にとってそれほど重要なのかについては疑問である。

因みに皇統の在り様と日本の戸籍制度には密接な関係がありそうに思えるが、そもそも日本の戸籍制度は、明治からというのが正しい認識と思っている。というのも江戸時代には過去帳というものが戸籍のように認識されるが、これは苗字すら持てなかった時代の話で、そもそも個人を特定するための制度なのかは怪しい。むしろ耶蘇教に対抗する制度か人間の往来を監視するための制度に思える。要するに世界に冠たる日本の戸籍制度ではあるがこれが可能になったのは、米がお金に替わることで個人からの直接徴税が可能になったという裏の都合が見え隠れする。

つまり、皇統の男系男子継承は大切ではあるが、だからと言ってDNA鑑定などの必要性は疑問であり、それより大切なのはその体面を保つことだと思う。むしろそれより大切なのが天皇としての威徳が国民にとってはより大事なことで、国家の象徴とはどのような振る舞いのことを云うのかがより大切である。

今日の函館はお盆にあたる午前中墓参りを済ませてきたが寺のゴミステーションに面白い表示があった。

「萌えるゴミ」とあったのだが禅宗のお寺だけにこれにはダジャレよりもっと深い洞察を感じた、すかさず負けず嫌いの私はこれを

「萌える五味」としてみた。

 

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Posted by makotoazuma