G-BN130W2PGN

お問い合わせ先

mail@makotoazuma.com

 

彼岸旅行

2022年8月21日ようこそ,ファンタジー

遠吠え

牛が森の奥へ奥へと進んでゆくにつれ辺りはだんだん暗くなってきた。時々、牛が枯れ枝を踏みしめる「バキバキ」という音が、森じゅうに響き渡っていた。

気が付くと辺りが急に静まりかえり、先ほどまであんなに騒がしかった鳥の声が、今ではすっかり止んでいるのがわかった。

 

 とそのとき遠くからなにかの遠吠えが微かに聞こえた。その瞬間「ドキン」と牛の心臓が音を立てたと思ったら、牛はそのまま動きを止めてしまった。ほどなくまた遠吠えが聞こえた。今度は後ろのほうから聞こえているのがハッキリわかった、恐らく右側後方からのようだった。

 

すると今度は隣にいたイトが大声で叫んだ「狼だ」私もちょうどそんな気がしてはいたが、そんなことに出くわすのは童話か漫画の世界のことだと思っていたので、あまり真剣には考えていなかった。私の思いは、どこぞの飼い犬がこの森に捨てられ、野犬になっているのだと都合よく考えたかった。それがもし予想通り狼だとすれば、これからの展開は悲惨なものになるに違いないからだ。

 

 暫くして牛は何かを決意したかのように歩みを進めていた。しかも今までよりも、しっかりとした足取りで前進している。しばらくするとまた、あの遠吠えが聞こえてきた。今度は、左側からだったが、さっきの遠吠えに比べれば、だいぶ近づいているようで、こころなしかそれに合わせて牛の歩みが、早まっているように感じた。その様子を窺うようにして、今度の遠吠えは後方のほか、真横からも聞こえて来た。やがて左右から交互に聞こえだし、三方がすっかり囲まれていることを、わざとこちらに知らせているようだった。そして遠吠えは容赦なくその間合いを縮めてきていた。

 間違いなく我々はとても危険な状況に至っていた、ところがイトの方を見ると何故か楽しそうだった。「狼見えないね」そんなものが見えてしまったら我々の最後だと思ったが、心を落ち着けて平静を装った「そうだね、見えないね」

私には牛の鼓動がだいぶ早くなっているのが伝わってきた。この状況について牛は我々よりもずっと多くのことを察知していたに違いない。遠吠えは着実に迫っているように感じたが、その姿は巧妙に隠されていた。

 

 なぜ狼はすぐに飛び掛かってこないのか、これが狼の狩りというものだった。狼は群れで行動し狩りを行う、獲物が大きければ大きいほどその狩りは慎重に時には何日もかけて行われるのだ。狩りは狼にとっても命がけの行為だ、もし狩りで獲物を取り逃がせば自分ばかりではなく、仲間や子供まで飢えさせてしまうことになる。

だから狩りの最後は獲物が逃亡に疲れ果てたところを見計らって確実に仕留めるのだそうだ。つまり狼がいきなり獲物に飛び掛からないのは狼が持つ狩猟のセオリーだからだ。

一方我々乗った牛は、狼の計略にまんまとはまりその歩みをますます早めている。牛にしてみればやっと崖を無事下ったところで、もうそれ程体力は残っていないのかもしれない。この分では狼が襲ってくるのはそれほど先ではなさそうだ。その時は僕たちもこの牛と共に、強力な狼の顎で噛み砕かれることになるのだ。私は哀れむ気持ちでイトを見た。無邪気にもイトは狼を見てみたい一心で、覗き穴から目を離すことが出来ないでいる。

 

 

 ここは私が、どうしても決断するしかなかった。このまま時間が過ぎれば牛は、疲れ果てて動けなくなるだろう、狼は牛が歩みを止たことを見定めて確実に我々に飛び掛かってくるに違いなかった。

私とイトが助かるためには、この牛が狼の餌食になっているその瞬間しかない。それでうまくその場を逃げたとしても、我々がその後いつまで逃げ回ることができるのか、もはや絶望的な思いしか浮かんでこなかった。

とはいえ状況は私にこれ以上考える時間を与えてくれなかった。

 

 さそく私は心で牛に念じた「とまれ」牛は止まった。案の定、牛はすでに息が上がっているようだった。あたりは静まり返っていたが、張りつめるような殺気があたりに迫っていた。しばらくすると、近くで「カサカサ」落ち葉や枯れ枝を踏みつける音や、葉が擦れる音が聞こえた。

その音はもはやあからさまに四方から包囲の輪を縮めて来た。

 

 私は心で牛に念じた「進め」急に牛が動きだすと、意表を突かれたのか我々に近づく気配は一瞬その包囲の動きを止めた。そして我々我々の進行方向に動きにを合わせて移動しだした。しばらくして私はまた牛の動きを止めた。「止まれ」牛はすぐに動きを止めた。

この行動は牛が体力の限界にきていることを狼の前で演出しているつもりだった。あたりの気配を伺うと、いつのまにか、狼はいつでもこちらに飛び掛かれるところまで近づいているのがわかった。「5、6頭はいるな」狼は、木々や草のすき間から、鋭い目を光らせて、こちらの動きを伺っていた。その目は明らかに狼のものだった。

今までは自分たちの気配を消すように動いていたが、今では、明らかにその存在を誇示するように周りをうろつきだしていた。「やはり、狼か」私には悲嘆に暮れる余裕はなかった。

そして私は次のチャンスにかけた。「進め」再び牛は黙々と進みだした。

 「速く」牛は、歩みを速めた。この時、狼の群れの1頭がついに我慢できず、我々にに飛び掛かってきた。狼の狙いは、後ろ脚の腱にあたる急所だった。と、その瞬間牛の尾が、狼を宙に向かってさっと弾いた。「キャン」狼の悲鳴が森に響いた。そしてまた1頭。牛は前に進みながらも後ろを振り返るでもなく、的確に尾をふるっていた。今度は真横から別の1頭が、牛の首筋めがけて飛び掛かってきた。私は、イトに覆いかぶさり体を突っ張ったが、すぐさまその狼も牛の尾に弾かれて森に消えていった。

 狼は、この巨大な牛になすすべがないように感じた。それでも牛は歩みを止めず、黙々と前に進んでいたが、狼が諦める様子はなかった。と次の瞬間、急に牛が止まった。「どうした」私は、前方で先ほどの狼よりも二回りも大きそうな白い生き物が我々の行く手に立ちはだかっていた。

 

 「モロだ」私はその姿をアニメのキャラクターに重ね合わせて思わず叫んだ。すかさずイトの方を見たが、イトの反応はなかった。私はもう一度様子を伺ったが、やはり立派な白い狼が、目の前に立ってこちらをじっと睨んでいた。私は、恐れよりもその神々しさに見とれていた。そしてその目が私と目を合わせていることを感じた。こちらは角の中から外を覗いているはずなのだが、その目はしっかりと私に視線を送っているようだった。

私が視線が合ったと思った瞬間、白い狼は「ここからはやく、たちされ」とメッセージを伝えて来た。

私は思わず「はい」と声に出して返事をしてしまった。するとイトがびっくりしてこちらを見返した。「狼とお話しできるの」不思議そうな顔で私を伺っていたが、その時は返事を返す余裕がなかった。

 

我々がゆっくり動き出すと白い狼は、音もなく森に姿を消した。そしていつの間にか他の狼の気配も消えていた。

気が付くとまた鳥の甲高い鳴き声が森のあちこちから聞こえていた。

 

 

 

 

 

ようこそ,ファンタジー

Posted by makotoazuma