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彼岸旅行

2022年8月21日ようこそ,ファンタジー

牛の横顔

の間も牛は、穏やかな秋晴れの野原をとぼとぼと進み続けていた。私たちは、ようやく牛の肩あたりまで来ていた。この辺まで来ると、牛の息遣いがハッキリと分かった。そして巨大な牛の横顔を間近に見ることが出来た。私はこの牛がもっと荒々しい形相をしているのかと思っていたが、そうではなかった。

その横顔はとても穏やかで、こちらを窺うその瞳は黒いガラスのように輝いていた。その様子には恐怖を感じさせることがなく、ただただ無心とはこのような姿なのかと澄んだ瞳は語っているようだった。

 私は牛のそんな面差しを見ていると、自分の心もすっかり落ち着て、このまま牛の背中にずっと揺られていたいとさえ思えてきた。私はイトのほうを見ると、イトはそこで仰向けに寝そべって、心地よさそうにじっと空を仰いでいた。不思議なことに空をどんなに仰いでいても、何故かその空は眩しいく感じることはなかった。ただ青く抜けるような空に、幾筋もの雲が横切っていて、とても晴れやかな気分になった。気づくと、どこからかキンモクセイの香りがしてきたが、私は体お起こしてまで花のありかを確かめようとはしなかった。

 

 このまま私は、ぼんやり空を眺めていたが、ふと5年前に亡くなった叔父のことを思い出していた。叔父は、親父の7人兄弟の末っ子だった。親父の話によると曽爺さんの時代は、結構羽振りのいい生活で叔父は乳母に育てられたらしい。叔父は自慢のキャリアを持つ親父の兄弟の中では、ちょっと浮いた存在で、子供の頃の学業にいろいろ問題があったようだ。仕事もお堅い勤め人ではなく、私が物心ついた時には、すでに東京で焼き鳥屋を営んでいた。

そのことは、親父の兄弟の中では異色だったし、叔父の好んだファッションも、スーツというよりは、お祭りの屋台のおっちゃんみたいで、曽婆さんの葬式の時も、黒いジャケットにグレイのパンツ姿でT大出の長男から、お小言をもらっていた。そんな叔父は陽気なことが大好きで、趣味も競馬とパチンコ、今でいう、ちょい悪なイメージを漂わせていた。

私は、叔父の料理のセンスにあこがれていた。叔父は何気ないインスタントコーヒの入れ方でさえこだわりを持っていた。このカップでは粉をスプーンで何杯入れて、お湯の温度はこれくらい、注ぐお湯の量はこれくらい。その通りコーヒーを入れると確かに インスタントコーヒーの味が変わった。中でも忘れられないのは、曽婆さんの葬式の後に、ふるまわれた叔父のサンドイッチだ。曽婆さんの葬式で、いつの間にか用意された軽食は、魔法のようにその場を和ませてくれた。

ところが、そんな飄々とした叔父も陰気なことは苦手だった。それは子供が見ていても可笑しくなるくらいで、特に陰気な話には、あからさまに拒否反応を示した。特に死という言葉は最たるもので、その言葉を聞くたびに、叔父はつどその顔を曇らせていた。そんな性格の叔父だったが、子供の扱いはうまかった。私のような七めんどくさい性格の子供と付き合うには、さぞ苦労されたと思うがそこは体当たりで遊んでくれた。

そんなことを思い出していると、ふと顔に冷たいものが落ちて来るのを感じた。快晴の空に雨は、想像できなかった。よく見ると、牛のよだれが、糸を引いて、ここまで飛んできているのがわかった。イトのほうを見ると、ちゃっかり頭を伏せてよだれが顔に当たるのを避けていた。私もすぐにうつ伏せになって、ジャケットを頭から被った。

牛は相変わらずゆっくりと野原の中を進んでいた。その背中を眺めていると、歩みを進める度に、背中の内側を肩甲骨が波のうねりのように、動くのがわかった。そしてその汗ばんだ背中は黒いロードのように黒々と輝き、神々しくもあった。

 

ようこそ,ファンタジー

Posted by makotoazuma