独立自尊 奥の細道
奥の細道初めの句 草の戸や住みかは替る代ぞ雛の家


私は芭蕉が旅立ちの前にあって、蕉風一門の未来に何らかの不安を感じていたと思っています。というのも蕉風一門の後目相続の心配があったのではないかと思うからです。私の予想では出発当時においても芭蕉は特定の門人に蕉門を引き継ぐことは決めていなかったと思っています。もし序文にあるように、本当にこの句を初めとする表八句が庵の柱に掛けてあったとすれば、芭蕉が庵に戻る頃には懐紙はぎっしり埋まっていたに違いありません。それどころかそのような物があった形跡さえないのです。さてこのような背景があったとして、この句の解釈を試みると、雛の家とは、ひな人形を飾った家というよりは、蕉門という古巣を象徴しているのではないでしょうか。というのも、このことを匂わせる文章が序文の蜘の古巣という言葉ではないかと思います。さらに芭蕉はこれを払い除けたとまで書いています。つまり芭蕉はこの表現で、それぞれの門人にたいし自立を促していたのではないでしょうか。つまり表八句がこの世に存在しないのは、それぞれが自立して、我が意を受けよという芭蕉の心の叫びだったように思います。