今日は好日Vol.2
2023年 5月12日 知名度
近々日本の総理大臣がアメリカの雑誌に取り上げられるのだそうだ。ただしそこにつけられる表題に政府はクレームをつけている。なんでも日本が平和主義を捨て真の軍事大国を目指しているという雑誌の見出しは、日本国として受け入れられないことなのだそうだ。とはいえ雑誌の記事には日本が世界の分断を止める役割を担っているという期待が込められていて、この期待を政府は是が非でも裏切らないでほしいと思うのだ。
ではこのような他国の批判がましい雑誌は政治家にとって迷惑なことなのかといえば、あながちネガティブなことばかりではないように思える。というのもこのように雑誌に取り上げられ、知名度を得ることが政治家にとってどれほど重要なことか考えると、雑誌の掲載は悪意ばかりとは受け取れない、むしろ表紙に取り上げられる不気味な写真が日本中のメディアで取り上げられていることを見ると、メディアから完全無視される他の政党からしてみると大層うらやましいことのように映るに違いない。
ところで記事に取り上げられた軍事大国と核廃絶の要望は、雑誌の言う通り矛盾した考えなのだろうか、私は依然にも述べたが軍事と核廃絶はなんら矛盾するところはないと考えている。というのも軍事力の行使とは国際法上、国の主権を維持するための正当な権利である。これを一個人に当てはめれば、武力に対し武力で対抗し個人の生命を守ることは、正当防衛として国際的に認められた基本的人権といえる。
ただしその行使に当たっては、国際法に当たるハーグ条約に人道から外れる残虐な武器の使用を禁じる項目が明記されている、このことからも核兵器や細菌兵器の使用は軍事行為とは逸脱した暴挙といえる。つまりこのような視点に立って残虐行為を許すことの無いよう国際法の実効性を高め、各国に対し核廃絶の呼びかけをしていくことが、これまでの実効性のない無責任な発言を重ねることよりも、より現実的になり核廃絶への前進となる。そのためにも各国の主権を尊重する態度と、真の世界平和を望む姿こそ新しい日本の宣言になるのではないだろうか。
結論を言えば日本は国際法に則り紛争についての最終解決として戦争行為を認め、核兵器使用のような無条件の殺戮とは一線を画すことを明確にしていく必要がある。つまりこの訴えを世界に広げるためには、軍事行為すら認めない、今の日本国憲法と自衛隊の存在はこの訴えにそぐはないのである。世界に向かって真の核廃絶を訴えるためには、核兵器は単なる殺戮の道具であって戦闘行為とは認められないことを日本は自国の改革をもって世界に示していく必要がある、そのことが広島での尊い犠牲に対し日本が国として真に報いることになるのではないだろうか。