令和 あくび指南
2024年 5月3日 追悼 フジコヘミング
先日偉大なピアニストマウリツィオ・ポリーニ氏がなくたったと知ったばかりだが、昨日はブジコヘミング氏の訃報が届いた。すでに高齢の為、何時かはと覚悟はしていたが、実際の訃報を耳にするとその寂しさを簡単には埋めることが出来ない。
ところで、たいがい有名なピアニストといえば20代までに世界的なコンクールで賞を取り、その後は、世界中引く手あまたになるというのが一般的だろう。因みに、彼女の演奏に出会うまでは、日本人のピアニストと言えば中村紘子氏か内田光子氏の両極の間で揺れていた感がある。
ところが1999年2月に放送された「フジコ ~あるピアニストの軌跡~」というNHKの放送を視てから、私の常識は覆りピアニストといえばフジコヘミングが私のお気に入りになってしまった。とはいえ画面に現れたのは70歳を超えた猫まみれの老女で、そのうえ煙草を吹かしながらのニヒルなトークに、私はこれからデビューを飾るお愛想というものを感じることが出来なかった。一体このドキュメンタリーの趣旨は老境にあるピアニストの悲哀なのか、自分が期待した内容とは視点が違っているのでは、などと視聴することに後悔を感じていたが、彼女の演奏シーンになると、そんな不安はすぐに吹き飛んでしまった。
その後私は彼女のCDを見かけるたびに購入を決めていたが、70歳を超えるピアニストの推しになるとは、恥ずかしながら今流行りの2次元推しの人達を私は非難できない。ところでこの記事に載せた写真のCDジャケットには2000年の録音とあるので、このCDはVictorの初版ではないかと思っている、ジャケットも彼女の作という多才な人だ。あれからが16年経ち、2016年ようやく函館でソロコンサートがあった。
実際に聞く彼女の演奏は、まるで宝石のような装飾音はCDそのままだったが、驚いたのは演奏が始まると会場全体がピアノの重低音で包み込まれたことだ。失礼な話だが80歳を超えたピアニストのどこにそんな力が潜んでいたのか、今思ってもまるで奇跡のような演奏だった。残念ながら当時どんなピアノで演奏されたのかは分からないが、愛用のピアノはベヒシュタインと聞いている。
さて、私にとってはこの演奏が実際に聞くことが出来た最後の演奏会になってしまった。この後、彼女のコンサートが函館であったのは4年前の2021年だったのだが、この情報を私は何故か知らずに過ごしてしまっていた。ようやくコンサートがあったことを知ったのは、全くの偶然で、その切っ掛けは、すずめの戸締りを映画館で観た後、屋上にあるグランポルト函館というレストランで食事を済ませた後だった。私は会計をすませて後ろを振り向くと、彼女の大きなサインが目に飛び込んできた。ところでこんなことをわざわざ記事に書いたのは、映画を観る前日、久しぶりに彼女のCDを聞いていたからで、こんな偶然をなんだか奇跡のように感じていたからだ。とはいえこんな見ず知らずの人にまで、これほどの喜びを与えてくれたこと自体が私にとっての奇跡です。私はこの奇跡に感謝します。「有難う」