令和 あくび指南
2024年 7月13日 お盆
ほとんどの日本人の方に7月のお盆は馴染みがないだろう。ところが函館ではこれが当たり前の風習となっている。とはいえ函館は市町村合併によって驚くほど地域が広いので、今ではそんな話は聞いたことがないという方も増えているのではないだろうか。というのもこの風習は函館でもさらに古い地域に限られるからだ。
では何故そうなったのかと言われても、あまりにも諸説ありすぎて何が本当なのかわからない。一説には、8月にある函館八幡宮の例大祭を街中でお祝いする為だという説や、調べるたびに次々新説を見つけてしまうからだ。
さて私がお盆と聞いてすぐ思い浮かべるのは、子供の頃観た恐ろしい地獄絵図だ。とはいえ何十年の月日がたって改めてその絵の前に立つとトラウマとは具体性よりも恐怖の記憶だけが独り歩きしてしまうものなのかもしれない。
今日はそんな思い出の絵を目の前にしてもあの時の恐怖を味わうことは出来なかった。きっとこれ以上に恐ろしい記憶が心のひだを覆いつくしているのかもしれない。或いはその世界を受け入れる素地が出来上がってきたということなのか考え込んでしう。
そこで一句「地獄絵図 お盆のごとに 間を縮め」
ところで、話しは変わるが、家の墓参りをして墓地の景色に違和感を覚えた。よくよく見ると、これまで並んで建っていた隣の墓が、そっくり土台ごと亡くなっていた。これも今流行りの墓仕舞いなのかと思うと急に寂しくなってきた。
そこで一句「墓参り 世情を写すや 夢の跡」