令和 あくび指南
2024年 8月6日 平和の祈り
今日は75年前、広島に落とされた原爆による被害者を追悼する日だ。テレビでもこのセレモニーの放送がされていた。このセレモニーでは初めに広島市長の挨拶あり、黙祷、総理大臣の挨拶と続いた。因みにいずれの方も核兵器を非難し亡くなられた方やいまだに後遺症に苦しむ方への労いの言葉が述べられていた。とはいえその中身については、核廃絶に向いましょうという考えと、その前に拡大抑止からだという考えに隔たりがみられた。この点私は一にも二にも核廃絶だと述べてきたが、その思いはいまだに変わりがない。なぜなら核兵器の悲惨さは無論のことだが、兵器としてもまるで用をなさない、というのもこの兵器はそもそも敵味方区別して攻撃することの出来ない欠陥品だからだ。こんなものに世界中がせっせとお金をつぎ込むのは狂気としか言いようがない。
私はこの事実に目を向け、核兵器の無力化にエネルギーを費やすことが、よほど核兵器廃絶への一歩になると考えている。
というのもこのセレモニーはすでに75年の歳月を費やしその成果を問われれば極めて残念な事実が露見してしまう。何しろ現在の状況を見れば、核兵器が使用される危険性はいまだかつてないほど高まっている。言うまでもなく現在2つの核保有国が戦争中でその一つは、首相が今回名指しで非難したロシアである。これらの国と周辺国は今月初めに政治犯の交換を行い、平和的歩み寄りがみられる中で首相によるこの発言はどの様に理解したらよいのか。
今世界に最も必要なことは、このような緊張状態を一刻も早く解消することではないだろうか。その為に日本が実践できることはあまりにも多く、世界中がそれを望んでいるところだろう。まずは日本が中立的態度を表明し率先して戦争当事国による話し合いの場を設けることは出来ないだろうか、このテーブルの価値は核兵器に勝る。