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今昔問答

2025年7月1日ようこそブログ

2025年 7月1日 米こそ日本だ!

日本とは何かといえば、今日まで受け継がれてきた日本の歴史文化に他ならない、因みに日本を象徴する大切な要素に日本語がある。ところが、その日本語は他の言語とは類似性がみられない膠着語と言う括りになるそうだ。そして日本の米もまた植物学者が考え込んでしまうほど、その出自を辿るのが難しい特異な植物なのだそうだ。

その大きな特徴は驚くほど保存がきくことで、味はともかく瓶にでも入れておけば精米しない限り、何年も保存がきく。そのため江戸時代までは、貨幣のように地方の経済力を示す指標として使われてき。要するに他国文化と比較しても日本文化と米の結びつきは極めて稀なほど関係が深いのだ。因みに食料としての視点以外にも、日本のあらゆる伝統芸能が田植えや収穫の行事と関わっている。今でも人気の漫才などもお田植祭りの田楽、猿楽から生じてきたそうだ。そればかりでなく日本の象徴である天皇陛下自ら泥に浸かりお田植を行という神事がある。他国では国家元首が泥水に浸かるなど考えられない行事だが、これほど米は日本文化にとって尊い植物とされているのだ。

ところで、トランプ政権の旗印にアメリカファーストというスローガンがある。それに相対するのがグローバリズムという言葉なのだが、このグローバリズムを経済的視点で見れば、世界中で国境を越えたサプライチェーンを構築しようというのが、グローバリズムの真髄である。ようするに、食料にしても工業製品にしても各国の特徴を生かして生産性を上げていけば、世界全体の生産性は高まり、経済のコアは拡大していくという考え方だ。それに対し自国ファーストというのは自国の文化に目を向け、自国民の生活を最優先に経済を考えようという考ではなかっただろうか。つまりこの場合、ある場面では非効率で経済発展とは逆行する場面があっても、自国の風習や文化を優先するというのが自国ファーストの考え方ではないかと私は思っている。そうだとすればトランプ政権との貿易交渉はこのような相手国の文化を尊重し合う関係でなければ、自国ファーストという共通な価値観は成立しなくなる、むしろ国力の優位性だけが支配する暴力的貿易関係となってしまわないだろうか。

これまでもこのブログで述べてきたように、食文化とはその国の成り立ちに関わるとてもセンシティブなものなのである。つまりそこに居住する民族は何故それを好んで食すようになったのか、或いはそれを好んで食すようになっったために民族の外見が変化し、皮膚の色、体型まで変わっ経ってしまったという研究もあるくらいだ。要するに食は経済を動かす要因にはなるが、算盤から生み出されたものではない。

 

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Posted by makotoazuma