続 盾つく虫も好き好き
2026年 3月27日 歴史は韻を踏む

歴史は2度と繰り返されることはないが、韻を踏むというなるほどと思う言葉がある。できれば戦争などと言う悲劇は韻を踏んで欲しくないと思うが、なぜこうもしつこく人類に付きまとうのか。世の中にはこれを欲しがる人が、きっと居るのだと思わざるを得ない。その執拗さには呆れるほどだが、この世は諦めたものがその悲哀を背負う事になる。だから希望は捨てはならないと思うのだ。
ところで今朝はフォルクスワーゲン社とイスラエル企業が協業するという驚く話だ。これはドイツとイスラエルの平和のための和解の話かと思えば、そうではなく軍事での協力ということらしいのでいよいよ頭を傾げたくなる。この話題は以前にもこのブログで取り上げていたが、まさかイスラエルの会社というのが妙な気持ちにさせる。確かプーチン大統領はナチスは許さないと言っていたが、そのロシアを攻撃するかもしれない武器の製造に協力するのかと思えば妙な気持になる。ドイツといえば腕を突き出すだけでナチスのレッテルを張られてしまうそうだが、大砲の製造はセーフなのだろうか。欧州情勢は複雑怪奇といった総理大臣がいたそうだがまさにその通りだ。
このような不条理でいえば、嘗て正義の戦争と喧伝された太平洋戦争でA級戦犯の汚名を着せられた東条英機氏は、1938年に起こった日華事変の最中、満州国境まで逃れてきた2万人以上のユダヤ人を上海ルートで脱出させた責任者であった。この年のナチスドイツはチェコへの武力侵攻を欧州の列強であるイギリス、フランスに咎められず成功させ最も勢いに乗っていた時期だろう。しかもその前年、日本は日独伊で防共協定を結びソビエトには対抗する姿勢を取っていたのである。いずれこの3国が軍事同盟を結ぶ可能性は、これにより十分想像できただろう。そんな時期に、こともあろうかドイツの意向を完全に無視し、特務機関の樋口季一郎陸軍中将はチェコで難民となり満州国境まで逃れてきたユダヤ人の救済を関東軍参謀長の東条英機に進言し、後に大日本帝国総理大臣となる東条英機は、ドイツの強い要請にもかかわらず、これを不問にしていたそうだ。この後日本は戦争目的に五属共栄を旗印に人種差別の撤廃をかかげ太平洋戦争を戦った。ところが敗戦後日本は軍の暴走により罪なきアジア人の命を奪ったという汚名を着せられ、日本人はこの罪を背負い続けるのが当たり前という風潮を受け入れてしまった。
このように冷静な視点で南京戦というものを検証すれば、いわゆる南京大虐殺なる風評がどれほど矛盾を含んだものかがわかる。この経過を簡単に言えば敵が手ぐすね引いて待ち構えているところへ、多勢に無勢の状態まま戦闘状態に入り、鉄壁の城塞に囲まれた首都を陥落させ、逃げた敵を馬と徒歩で700キロ近くも追いかけるという不眠不休の行軍が続いた。その間の兵力はウェキペディアによると日本軍35万、中国110万人にも及ぶこれは武漢での状況なので上海、南京、徐州、武漢までを加えると、これがどれほどの戦力差だったのか想像がつかない。しかもこの年の6月、中国軍は黄河をわざと決壊させ日本軍の進軍を遅らるという焦土作戦を行った。このため、日本兵が筏を出して濁流にのまれた中国市民を救出していたという。ようやく1938年11月11日には武漢を陥落させ700キロに及ぶ戦闘を終了させているが、これほどの状態で日本兵が何十万人もの南京市民の処刑など物理的にもありえないのである。さらに黄河決壊の被害は尾を引き農地を失った自国民は、これによる飢餓で多数が犠牲になったという。
とりとめのない文章になってしまったが、要するに表面的に伝えられる平和という言葉は、表面通りで受け取ってばかりいると、平和どころか無限地獄に落とされかねないことになる。特に今の様な情報が容易に得られる時代にあってもこのような影響は、加速しているようで心配になる。現在最も懸念するところはやはり、核保有国アメリカ、ロシアとの関係だろう。この関係が盤石であれば核戦争という最悪のシナリオは起こり得ないと思っていたが、現状について言えば、イランが核兵器に拘るように今のところ核兵器は拡散する方向にあり残念んがら核兵器が使用される危険性は、むしろ高まっていると思わざるを得ない。これに対抗できる方法があるとすれば、日本がレーザー兵器をいち早く実戦配備してその有効性を世界に示すことだろう。これが出来れば非効率なミサイル兵器はお払い箱になると思えるのだが、いまだに壁が多すぎる。