彼岸旅行
水の音
牛は、ひたすら雑木林の中を滝に向かって進んでいた。周りは鬱蒼とした木々に覆われて遠くを見渡すことは出来なかった。それは変わり映えしない景色が続く退屈な行程だった。私は、牛の背中に胡坐をかいて、真ん中にイトを座らせた。私が、イトと同じくらいの年齢のころは、こうして曽爺さんや、曽婆さんの膝の上で過ごすことが多かった。私の家は、今でいう2世帯住宅で、私は、しょっちゅう年寄りの居住区で過ごしていたので、年寄りの膝が私の定位置になっていた。
そこは、平和で常に暖く許されないことは何もない私にとっては、最高に安心な場所だった。私は自分の膝の上に乗ったイトの頭頂部を、じっとのぞき込んだ。そしてそのつむじの様子を注意深く探った。そこにはつむじが2つあった。「やはり」心の中で叫んだつもりだったが、口から洩れていたのかもしれない、イトが仰け反るようにして私の顔を見た。私は確証を得たつもりだったが、同時に別の疑問がわいて、結論に至ることを拒んでいた。
気が付くと牛の歩みがずいぶん遅くなっていた。私は牛の足元にその原因を探した。すると依然と比べ土の様子が粘土質に変わったようで、とても滑りやすそうに見えた。そして地面には周囲の木の根がむき出しになり絡りあっているがわかった。そのため牛は注意深く木の根を避けて歩みを進めていたのだ。
牛の歩みに合わせ周りの景色もかなり代ってきた。周囲の樹木の密度が薄くなり、ときおり陽だまりに出くわした。そこでよく耳を澄ますと、水の音がサラサラと聞こえてくるのがわかった。さらに道すがら木々の合間からきらりきらりと水が反射して輝いているのがわかった。おそらく近くを川が流れているのだろう。
そのうち牛の歩みは完全に止まった。牛の足元をよく見ると木々の根がいよいよ激しく絡み合って、我々のゆく手を阻んでいた。「こりゃ歩くしかないな」私は同意を得ようとイトの顔色を窺った。以外にもその顔は元気そうで疲れ果てているようには見えなかった。むしろ好奇心が溢れているようで目は輝いていた。そのうえ、四つの子供にしてはどうかと思うが、何かしら決意の様なものも伝わってきた。私は牛に我々を地面に卸すように伝えた。すると牛は、膝を折り曲げ地面に頭を付けた。私たちは、牛の頭を伝って、そろりと地面に降りたった。