彼岸旅行
「じゃあ、一緒に、牛がどこに向かっているのか調べに行かないか。」イトはすぐに頷いった。「よし、それじゃあ牛の背中から転がり落ちないように、いっしょに手をつないでいこう。」差し出されたイトの手を握ると、子供の手にしては、その手はカサカサしていて冷たかった。きっと今まで一人で心細かったに違いない。
こんな時、飴でもあればすこしは気がまぎれるのに、そう思いながら私はジャケットのポケットに、なにげなく手を突っ込んでみた、すると棒に刺さった飴が二つ出てきた。ずいぶん都合の良いことだな。黙って1つをイトに差し出すと、イトはすぐに手に取って口にほおばった。私も同じように残った飴を口にほおばってみた。
これは懐かしい、その飴は昔懐かしい、いちご飴の味がした。そう私が子供の頃、駄菓子屋に行くと、砂糖にまぶされたこの飴は紐を引く、くじとして売られていた。くじは大きなビニールで包まれていて、中に2,30本ほどの紐の端を束ねたものが入っていて、片方の紐の先には大小さまざまな大きさの飴がついていた。
くじを引くときは、束ねられた紐の端を引っ張ることで、その片方にくっ付いた飴が引き上げられた。当然大きな飴を引くと気分が良かった。さきほど口にほおばった飴から、あの時の懐かしい味が蘇っていた。
「イト君、牛の頭を見たくないかい、何かわかるかもしれないよ。」何故わかると思ったのか、わからないまま、そんなことを言っている自分に驚いた。つまりその言葉はその場を繕うために勢いで言った言葉だった。そう、大人だから「こんなことは当然わかってる、心配ないよ」と言たかったのだ。これは良く言えば、子供を安心させるための方便なのだと自分を納得させた。
二人は、動いている牛の背中を頭に向かってゆっくりと歩きだした。「イト君、いいかい牛の背が上に動いたら僕たちも立ち上がるんだよ、下に下がったら一緒にひざを曲げて体を低くする、わかるかい」私は、イトの目の前で膝を曲げたり伸ばしたり、牛の動きに合わせてやって見せた。イトはその動きが気に入ったらしく、すぐにまねしだした。
私たちは無邪気にその動きを楽しむように、牛の頭のほうへと進んだ。実際歩いてみると牛の背中は思いのほか起伏に富んでいて、どうやら私たちが最初に居たところは牛の腰骨の当たりのようだった。私たちは、牛の背骨を挟むようにしてゆっくり肩のほうへと進んだ。