今日のできごと
2021年 8月8日 執念
昨日は暑さで作業が出来ず、テレビの録画を見ていました。
庵野氏が表現したい世界
その番組が庵野秀明氏の2142日にわたる密着ドキュメンタリーで,
まずはこの番組を制作されたスタッフに感謝申し上げます。庵野氏といえば言わずと知れたエバンゲリオンの作者です。番組はこのエバンゲリオンの劇場版完結編の製作過程を密着したものです。
庵野氏に興味をお持ちの方はこの取材がどれほど厳しいものになるか容易に想像がつくと思います。八ヶ岳登山に向かったつもりが結局エベレストを目指していたみたいなところです。もっと悪くて前人未到の山です。
作者が目指すところ
ところで庵野氏が目指している処とは「自分を超えた客観性」ではないかと思います。つまり、自分の中に浮かぶイメージを超えた世界でありながら、娯楽であり、観客の期待を超えたインパクトではないかと思います。
でおそらく、そんなものは庵野氏自身にも見えていない世界のはずです。にもかかわらず、そのスタンスを終始変えないところは、誰でもできることではありません。
なので、終盤にさし掛かっても期待通りの効果が出ていなければ「ちゃぶ台返し」が起こります。スタッフにしてみてたら「もっと具体的な指示があれば効率的に物事は運ぶはずなのに。」と言いたげな恨めしそうな表情になります。
映画の製作はパートごとに担当が分かれ、そこそこの担当がベスト以上の作業を目指すのですが、パートを組み上げた全体の評価は別なんです。完成を目前にして効果が出ないのなら「もう一度最初に戻って考えよう」というありえない発言が庵野氏から出ます。
ご存じの通り庵野氏の世界は作画のリアリティーに支えられる面があります。なので、準備には相当時間を掛けます、架空の街であっても実に詳細なミニチュアが造られ、その細密さは登場する電柱一本、一本の配置にまで及ぶんです。ところが残酷にも、そこまで心血を注いだ作業が庵野氏の「つまらない」という発言で白紙になります。
そのような無慈悲な庵野氏ですが、当然スタッフの心の動きは庵野氏にも手に取るようにわかっているのだと思いますが、この時点の庵野氏の目線は観客席にあります。スタッフのどれほどの苦労も関係ありません。すべては観客がどのようにうけとってくれるのか次第です。いかなる労力も伝わらなければ、観客に苦痛な時間を強いることになるのです。ここに庵野氏のプロとしての目線が有ります。
とはいえ、もし庵野氏が妥協して観客が理解でき易い作品を発表した場合、庵野氏の世界に期待するファンとなれば通り一辺倒な表現であれば、期待を裏切られ安易で安っぽい作品の評価にならないでしょうか。作者とすればこの評価が一番切ない評価です。結局やらない方が良かっただけではなく、才能が枯れたとの評価まで受けることになります。
番組では娯楽作品の製作現場を取材したということなのですが、お茶の間に届いたのはまさに修羅場の光景です。修羅の道は修羅でなければ歩めません。たとえ修羅の道であっても、私は素直にかっこいいと思っています。