今日は好日Vol.2
2023年 1月19日 改革の結果
今ある生活は我々が過去に選択した結果である。とはいえそんなつもりではなかったとか、騙されたという感想もあるかもしれない。しかしながら正当な選挙によって選択してしまった責任から逃れることはできない。 昨年の2022年は国鉄の民営化からちょうど30年の年だったそうだ、ところが30周年の年にも拘らず、これを祝っているという話はほとんど聞くことがなかった。なぜ今こんな情報に出くわしたかといえば、失われた30年についての情報を探していたら、偶然そこにたどり着いてしまったというわけだ。ところで当時何故、国鉄の民営化が必要だったかといえば、国鉄の赤字が膨らんでしまったためだ。当時はその理由を競争原理にさらされない親方日の丸の経営体質が悪い、などと短絡的に非難の的にされていた。それだけに止まらず、賃上げの急先鋒である組合運動のあり方へも矛先が向けられたのだ。 ところが当時の実情は行き過ぎた緊縮政策で喰らったバブル崩壊によって完全に景気が冷え切ってしまったのが不景気の原因なのだ。にもかかわらず何故かそこで取られた政策は分割民営化なのである、なぜ分割する意味があるのか私にはいまだにその根拠が分からない、その処理はまるで戦後の財閥解体のようですらあった。 そもそも国鉄はなぜ生まれたのか、それは日本の隅々まで物流を行き渡らせるためではなかったのだろうか。つまり日本の隅々まで日本国としての主権が及んでいることを示すことである。日本人は日本のどこに住もうと国から同じサービスを享受できることを表している。つまりこの考えにおいては経済効率よりも国威を示すことが優先していたはずなのである。ところが戦後このことを時の政府も国民も理解できなくなっていたのではないだろうか。 この結果はその後、都会と地方の経済格差にはっきりと表れてきた。それまでの国鉄であれば経済効率のいい都会で得られた利益を地方の赤字にあてることが出来ていたが、分割のおかげでその付けを地方の財政が被るようになってしまったのだ。これから税収の増える見込みの薄い地方がさらに鉄道の赤字を支えることなど出来ることではない。さてこの改革の結果は2つの効果を我々にもたらした、一つは労働組合の弱体化と地方の切り捨てだ。この2つは現在日本人の低賃金化と置いてきぼりの地方自治に繋がっているのではないだろうか。 そしてこの後いよいよ消費税の登場となる。この時の庶民は薄く広く税金を負担することで、財政は健全化され、しかも法人税が下がることは自分の勤める会社の利益となり、企業経営が安定すれば自分たちの雇用が守れると考えていた。ところがその後、雇用は守られるどころか、リストラと非正規雇用が常態化する社会が誕生することになったのだ。 これではいつまでたっても庶民の生活は一向に良くならない、やっと国民は政治に問題があると気づいたが、過去の過ちには気づこうとしないので結局、誰がやっても世の中良くならないという政治家にとっては大変ありがたいコンセンサスが出来上がってしまったのだ。 そんな白けた状況に再び脚光を浴びたのが、郵政という新しいターゲットだ。郵便局は当時400兆円以上の資産を貯金や保険の形で国民から預かっていた。この集められた資金は財政投融資という名目で、政府が自由に予算を組める資金として機能していたのだが、あろうことに改革はこの財投に矛先が向けられてしまったのである。その時の理屈がすごかった、政府が自由にお金を使うと利権塗れの政治家が財政の無駄使をしてしまうのでケシカランというのだ。まるで、財布を持つと盗まれるので財布を持つのが悪いと言っているのである。ところがこの冗談のような説明にまんまと国民は乗ってしまった、さらに救われないのは、いまだに世の中が良くならないのは、まだ改革が進まないからだと思っている人がいることだ。 ではこの結果が現在の日本にどのような影響を及ぼしているのだろうか、これが現在何の政策を実行するにも増税か国債を持ち出さなければならない原因になっている。悲しいかなこれが現在我々の暮らす現実の世界なのだ。この結果バブルの難を逃れた国民の資産は、国民が森かけ桜を眺める間に、どんどん海外に運び去られようとしている。政治の責任はいずれ国民が必ず被ることになる。今の世の中は我々が選択した結果なのである。