令和 あくび指南
2025年 12月10日 やっちまった人達
最近笑い出すと目じりに涙がよく溜まるようになった。先日も落語研究家で三遊亭兼好氏の「陸奥間違い」を聞いて、目に涙がにじむほど笑ってしまった。兼好氏といえば今年の正月に放送された研究会で「生きていた小平治」という怪談を披露されていて、ここで思ったのはずいぶん仕草の丁寧な噺家さんだと思っていたが、意図的なのか偶然なのか落語研究会の放送では今年最後を飾る出演になった。
その演目といえば、当時であれば切腹ものの勘違いが結果的に仙台藩の家名をただし、3,000両の金子をもたらしたという大変おめでたい話だが、この話を聞いて気が楽になった人は私のように数々のやっちまった経験を持つ人達だけではないだろう。それにしてもこの噺は年初の怪談とは違ってめでたくもあり、笑いありで、怪談とはまるで反対にある感情を揺さぶらなければならない。それほど多彩な話術が求められるのだが、この話に私は、思わず声が出るほど笑ってしまった。とはいえ氏が落語に取り組む印象は、まるで中村仲三が必死に芝居に打ち込むような真摯な姿勢を感じる。というのも時々見せる表情に、桂枝雀氏や柳谷喬太郎氏の面影を感じるからだ。きっと少しでも芸に磨きを掛けようという気持ちが、このように立派な芸に結びついたのだと思う。
さて番組で次に登場したのは、名人柳家権太楼氏だ。演目はなんと「つる」だという、驚いたのは師匠どころか、研究会に訪れた観客も皆驚いたはずだ。というのもこの演目を文化祭の高座初心者ではなく、当代きっての名人が話すのだから興味が尽きない。果たして結果はといえば、これが面白くないはずがないのだ。そうは言っても今回は酒と火事の話しは、研究会によって完全に封じられ、これを例えてみれば、満開のお花見で偶然仇に出会ってしまったようなものである。そればかりか事態はすでに助太刀から羽交締めにされて絶体絶命のピンチなのである。
そのような場面で助太刀に名乗りを上げてきたのは三遊亭 遊馬氏で、演目は「鼠の穴」ならぬ「味噌蔵」だ。これを寝床さながら浴びせかけるのである。しかもその怯んだ隙を逃さず、今度は「鰍沢」の大ナタを振り回し腕には覚えのある入船亭 扇遊氏が名乗りを上げてくる、。この危機的状況を柳家権太楼氏に尋ねたとすると、名人は恐らく「ここであったが百年目」と答えるのかもしれない。