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春望録

2025年4月4日gallery,ようこそ

2025年 3月22日 日本は進化している?

その考えは古いという言葉には、新しいものの考え方の方が何やら優越した考えのように誤解してしまう。結局、この考えがどこに行き着くのか知らなければ、この考えが過去より優れているのか分かるものではない。特に大東亜戦争の敗戦後は戦前の思想は封建的で劣った考えというレッテルが貼られてきたために過去の考えを否定することに躊躇は無かったと思える。とはいえ最近の世界情勢を見れば、戦後我々が信じてきた思想の行着く先が、まともなものか最近いよいよ化けの皮が剥がれてきたように感じる。

というのも言論や表現の自由を求めまっしぐらに進んできた我々に今突き付けられていることは、意識しないまま植え付けられた差別という言葉によって自主的な規制がかかるようになってしまっている。このことが怖いのはペンは剣に勝ると言われるように場合によっては大衆を先導し歴史を変えてしまうほどの威力を持っている。つまり言葉は武器以上の力を大衆に及ぼすことが出来るのだ。ところでもしこれを政府が意図的に管理するとすれば政府は絶大な権力を新たに手に入れることになる。つまり政府の意向に従わない考えは排除されるべき対象になり、隠れた言論統制になり得るのだ。因みに私はこれによるデメリットは計り知れないものだと考えている。というのもこのような統制は人々の想像力を削ぎ、これにより未来のあらゆる可能性を閉じてしまうことになりかねないからだ。

いっぽう公共の福祉という視点に立てば、多くの人々に対し不快な思いをさせることは公共の福祉に反する行為と言う事になる。つまりこのことを現実世界において両立させるためには、単純な事だが個性の嗜好による住み分けをするしかない。私はこのような住み分けが国家という括りにおいても必要なのではないかと考えている。つまり人それぞれ命を得て個性をまっとうしているのであれば、これにより赴くまま暮らすことを制限すべきではないだろう。つまり国家という縛りが窮屈な人は、そのように考える人達で寄り集まるべきでは無いだろうか。結局どうしても男女の性差は受け入れられないというのであれば、彼らは彼らの望む国を建国すべきだろう。ようするにこのような嗜好の違いはこれからもその思いが歩み寄ることはない。彼らがそう望むのであれば世界各国は彼らの思いを尊重し、この希望を叶えるための土地を彼らに与えるべきだろ、これが最も平和的な解決なのだと思う。

因みに日本の先人は何を理想として暮らしてきたのかを振り返ってみると、日本最古の書物には理想の世界を治めた帝の話が出て来る。その天皇とは世界最大の墳墓を作った仁徳天皇である。この天皇は民の暮らしが厳しいことを知ると徴税を止め、自らも厳しい民の暮らしと共にその苦しみに耐えたという。つまりこれまでの日本人は、これを理想として政を考えていたのではないだろうか。このような日本にあって今の政治を見れば、どうだろう私には今の日本は、まるで外国人の治世で暮らしているように感じてしまうのだ。はたしてこれが我々日本人が理想とする暮らしといえるだろうか。このように日本の現状を見れば、これが日本人が進化してきた姿だとは到底受け入れがたい、むしろその逆のように思えてならないのだ。

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Posted by makotoazuma