彼岸旅行
牛が崖を下るごとに辺りはヒンヤリしてきた。時折、かどの尖った小石がパラパラと崖を伝って地面にぶつかり道の上に散らばっていた。
牛の足元を覗くと赤茶けた地面には、雨水で掘れたであろう溝が幾筋も走っていて、行く先の心細さをさらに心細いものにしていた。「もしもこの先崖崩れでもあって道がなくなっていたとしたらどうしよう。」そんな不安が頭をよぎった、そんな時は我々には引き返す選択しかない。このまま、まっすぐ進むだけでも、牛の体は道幅いっぱい塞いでいるのに、そこで体をぐるりと反転させなければならないのだ。もしもそこで牛が足を踏み間違えれば、我々は牛もろとも奈落の底におちてしまうだろう、そんなことは考えるだけで恐ろしいことだった。
そんな私の心配をよそに牛は、黙々と前に向かって進んでいた。しばらくすると、あたりの霧が晴れてくるのがわかった。同時に、眼前に巨大な森が広がっていてその森は果てが見渡せないほど、どこまでも広がっているようだった。さらに森が近づいてくると辺りが急に騒がしくなった、そこには森のあちこちから鳥の甲高い鳴き声が響いていた。
すると突然イトが叫んだ。「虹だ」私も外を覗くと不思議な形の虹が見えた。その虹は太鼓橋のように奥へ奥へと一列につながっていた。それにしても夢にしてはとても生々しく、つい夢であることさえ忘れてしまうほどリアルな景色だった。
「こんなことは、あり得ない」私は、気が緩んでつい声に出して叫んでしまった。イトを見ると、何がありえないのかと怪訝そうな顔でこちらを見ている。私は、心配させまいと平気を装いながら「綺麗な虹だね」と言い直した。
いつしか牛は森の樹木のてっぺんが足元に届くほどの高さまで崖を下っていた。
しばらく進むと、湿った空気に交じって、今度は樹液の臭いや土の匂いが漂ってきた。その匂いを嗅ぐと、やっと地面が近づいたことを感じてほっとした気持ちになった。
そしてようやく牛は地上にたどり着くことが出来た。
そこには巨大な針葉樹が生い茂り、地面は一面苔むしていた。そこに届く木漏れ日が天までそびえる柱のように幾本も並んでみえた。
さらに、目を凝らすと小さな影が、チラチラと木々の間を渡ってゆくのが見えた。私は、イトに向かってそっと囁くように言った。「リスだよ」イトはその声を聴くと覗き穴から食い入るように外を伺って叫んだ「いた」イトは、叫びながらも次の獲物を狙って覗き穴から目が離せないようだった。