独立自尊 奥の細道
日光 二荒山
やっとビジュアル的にもシンプルで分かりやすそうな俳句が来たと思っていましたが、この句もそう簡単に生まれた句ではないようです。
どうもこの青葉若葉にも何かを象徴させて表現しているのではないかという予感がしました。青葉若葉と詠っているのは木の葉が日を増すごとに青みを増していっているようすで、そこから差し込む日の光に日光東照宮を重ねて徳川家康を崇拝している詩ではないかと考えられたりするようです。
私はといえば性懲りもなくこの詩も禅僧目線で何かを語っていないだろうかと結構な色眼鏡でこの句を覗ってみました。
やはり私には青葉若葉の表現がどうしても気になり、きっと青葉若葉とは何かとの対比を表現しているのはないかと考えを巡らしていたところ、偶然思い出したのが竹有上下節の対句、松に古今の色なしという言葉です。これは禅サンガ向井禅師の言葉がヒントになりました。
何の事かといえば松の葉は常に色を変えない普遍性を言うそうです。そのような普遍的な存在に対し若葉といえば四季を通して姿を変える存在で、具体的には秋に色づく紅葉のようなものだとしたら
若葉とは滅しては現れる儚い生命を例えているのではないか、このように不変な命と常に移ろう儚い命を対比させ、その両方を同時に照らす尊い光とはまさに大日如来の威光のごとく宇宙のすべてを照らす光なのではないでしょうか。
このことは私の単なる思いつきのようですが実はこの句には、何度か作り直された形跡があります。その初めの案では
「あらたふと木の下闇も日の光」と読まれていました。もともとそびえるほどの立派な木にもその根元には日の光も届かないほどの闇を抱えるものだ、その闇にまで届く光とは、この世のすべてを分け隔てなく照らしておられる大日の光に他ならない、そのような限りない光こそまったくもって尊いものだと表現しているようでした。
ところで最終的に芭蕉が納得したのは木の下闇ではなく青葉と若葉による表現で、もしこれが時間の表現ならば、芭蕉は一貫して時の認識についてこだわっていたのではないか、そう奥の細道序文にあった月日は百代の過客にしてという時間にたいしての思いは、この句にも一貫して表現されているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
追記・・・私の勉強不足から先ほど初めて不易流行という言葉を知りました。このことも臨済宗の向井禅師から教えて頂きました。
芭蕉の俳句の世界はこの言葉が基盤になるそうです。まさにこの句もこのことを表現した句ではないでしょうか。不動の世界を知り流れゆく現世を表現してゆくこと、人生の捉え方そのもののようです。禅僧目線とはこのことだったんですね。