令和 あくび指南
2024年 2月21日 ダンディズム
私はダンディズムとう言う言葉を聞くと、タレントのタモリ氏を思い浮かべる。潜在的にひょっこりひょうたん島に出てくるダンディーさんのサングラス姿を重ねているのかもしれないが、そればかりではないと信じる。
私が思うダンディズムとは、子供が喜ぶ甘いお菓子やジュースではなく、苦くて目の回るお酒を飲み、訳の分からない旋律のJAZZを嬉しそうに聞くことだ。私にはそんな大人のイメージが子供の頃から刷り込まれていた。そんな大人の世界を体現しているように、私にはタモリ氏が映っていたのかもしれない。ところが今、そんなタモリ氏の人気番組ブラタモリが終了すると聞いてさみしさを覚えている。因みに私が住む函館もこの番組は多く取り上げてくれていて、いぜん無料開放され旧相馬亭を訪れた時もブラタモリで放送されたというキャプションが張られていた。こんな風に私は近所を散歩するだけでもなんだかブラタモリの追っかけをしているような気分になってくるのだ。
ところでタモリ氏の魅力といえば、物事に対する造詣の深さも大きな魅力の一つだろう。もっと親しみやすい言い方をすると、ウンチクの凄さにあると思うが、とはいえこれを嫌味なく伝えるところが本当の凄さなのだと思う。ようは知識をひけらかしているという、とられ方をされると、あんたが大将、自慢話のオンパレードになってまるで鼻持ちならない人間に映ってしまう。ところが彼のうんちくはと言うと、知識をひけらかすのでは無く、知ることの楽しさを教えてくれている。たとえば面倒な坂道であっても、そこに断層があると言われれば、目の前の景色が急に断層の出来た時代にタイムスリップしてしまう。つまりこのような興味や知識は目の前の風景を当たり前という固定観念から解放して別な次元にある楽しさに気づかせてくれるのだ。
以前このブログで紹介した「今夜は最高」というTV番組も、そんな大人が夜中に集まって、まじめに遊んでいるような番組だった。そういう大人を見ていると子供は、自然と大人の世界にあこがれをもって、その道に誘われていくものだ。私もそんな大人になりたいとは思っていたものの、どうやら私は大人になる大切な切っ掛けをしくじってしまった様だ、そろそろ大人も卒業の歳なのに残念である。