思考ラボ
2023年 11月20日 リアルを目指した虚構
昔から世の中にはいろんな趣味がある、とはいえ中にはなかなか世間に認知されづらい趣味もある。例えばオーディオなどを音楽鑑賞といえば聞こえはいいが、そこにはまり出すと途端に世間の目は厳しくなる。というのもそこに掛ける費用が恐らく世間さまの常識を遥かに超えてしまっているからだと思う。
昨日もオーディオショップMAROさんの誘いで久しぶりの試聴会に出かけた。オーディオの試聴会といえばアンプやスピーカーなどの最新鋭機器の聞き比べを思い浮かべるが、昨日は電線の聞き比べというかなりマニアックな世界の視聴会だった。しかもこの試聴に選ばれた機材はスピーカーがソナスファーベルのソネットⅤ、そして最新のマークレビンソンのアンプ、CDプレーヤーでどれも7桁にもなる価格帯の機材が目の前に並んでいた。
マークレビンソンといえば自分の機材ではまともに再生できなかった弦楽器のCDを軽々再生して私は愕然とした覚えがある。そんな究極の機材から出る音をSAECという会社の電線を使ってさらに音を向上させようという、まったく無理筋にも思える試聴会なのだ。さてこの電線とは電源機材を繋ぐもの、スピーカーと機材を繋ぐものに分かれる。はたしてそんなもので音が変わるのかといえば、実際試聴してみるとそれがまた見事に変わってくる。まるで雑音の薄皮を一枚づつ剝がしていくように音の響きが変わってくるのだ。例えば、はじめはボンとしか聞き取れなかったティンパニーの音もバチが皮を叩く音から残響音まで、まるで目に見えるように再生されてくる。
またバイオリンの弓がこすれる音も雑音というよりは音楽のスパイスのように繊細でしかもしっかりと音の主張を感じるようになるのだ。さらに恐ろしく感じたのはボーカルで、まるで歌手の体温まで伝わってくるような感覚になってくる、さすがにここまでリアルに感じてくると演奏者は一瞬も気が抜けなくなるのではと、余計な心配までしてしまうほどだ。とはいえこれが現実の演奏に近づいているのかといえば、私は実際のコンサートでこれほど音にリアルな感覚を持ったことがない。オーディオではピアノの音が奏者の指の動きに合わせて右から左に移動したり、ドラムは真ん中サックスは左トランペットは右などという聞こえ方をしているが、実際のコンサートで、このような聞こえ方を感じたことがない。
結論から言えばこれは、オーディオの世界で起こる定位や繊細な響きは虚構の世界に違いない、いやもっと積極的な言い方をすれば、オーディオは機材を使った新たな演奏ととらえることもできる。それは再生者の機材やセッティングによって再生者の個性を再生音に反映させることが可能になるからだ。
それにしても仮想アースを使ったアナログレコードのカラヤン氏のドボルジャークは素晴らしかった。スクラッチ音の時々混じる再生だったが、フォノアンプにこれを通すとそれまで感じていた演奏会場がまるで横にスッと広がったようなイメージになった。そんな体験をしてニマニマしながら「アナログもいいなー」と思いながら私は機材の値段を思い出し、やっと世間様の常識の世界に戻ることが出来た。