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2023年 日本を護るために

2024年9月8日gallery,ようこそ,今日のできごと

2024年 8月29日 受け入れられない理由

私がここまでLGBTQに関する法律に反対する理由は、これが日本の法制度自体の信用に関わることだと思うからだ。

そもそも法律は社会の秩序を守るための制度ということにどなたも異論はないだろう。それはつまり社会が平和であるための制度だとも言える。話は逸れるが古代日本人はそれほど四角四面なことを言わなくても、こんなことは推して知るべしという文化っだたようだ。というのもこれまでの日本人の生活を見れば、他人からとやかく言われなくても、世界に稀な秩序正しい営みをしてきたからだ。

これに対し、法律が廃れた世界というのは暴力が支配する闇の社会になる。その例として嘗てベネゼエラという国では、法が廃れ暴力が社会を牛耳る地獄のような世界だったと言われる。現在ゕの国の大統領はこれに対し毅然として立ち向かい、今では南北のアメリカ大陸で最も治安の良い国になったそうだ。つまりこのような地獄を見る前に、法の信頼性を保ち、治安の維持を疎かにしないことが、平和な暮らしを営むために欠かせないことだと思っている。

ではLGBTQが何故法律に対しそれほど悪影響を及ぼすのかと考えると、それはこの法律がどう考えても無茶な考え方に基づいていると思えるからだ。というのもこの法律の根拠にはそもそも客観性というものが存在していない。結局その根底に有るものは、きわめて個人的な精神の葛藤であり、個人的な嗜好、或いは個人認識の範囲を超えるものは何もない。ということはこの法律の判断には、初めから客観的な対応が出来ないことになる。

つまりこれにより法的判断についても客観性が不要な事案が存在してしまえばどうなるのか、その結果は法の支配も主観によって決定することが許されることになる。この事態は法曹界だけに留まらず法治国家そのものにとって大変危険な事態を招くことになるだろう。言ってみれば、このようなことを熱心に取り組んだ方々というのは、マイノリティーの立場がどうのこうのというよりも、むしろこのような状態を目指していたのではないかとさえ勘繰ってしまう。

さらに言えば、このような法律の解釈により一般人の常識から法律を遠ざける例として、憲法9条と自衛隊の関係がある。というのも一般的な日本人が憲法条文を読めば、自衛隊は違憲だと解釈するのは当然で、それ以外の解釈が出来る人はむしろ稀だと言える。ところがこれを司法により解釈すると違憲だが合法であるという非常に曖昧な判断になってしまう。これは新しい憲法パラドクスの登場だろうか、私はこのような法解釈の曖昧さが、現在も社会秩序の混乱を招いていると思っているのだ。というのもつい先ごろ日本の領空に中国軍機が侵入するという事件が起こってしまった。これは他国の軍用機が警戒空域を突破し、とうとう自国の上空まで侵入させてしまったという極めて深刻な事態なのである。もしこれが核ミサイルだったらどうだったのか、それだったら間違いなく撃墜していたと言い切れるだろうか。もしこれが法的解釈の曖昧さにより起こった対応の遅滞だったとしたら、日本人はこのことをどのように考えるか。

要するにこのような事態に至った場合、国際的にはすでに対応のルールが存在している。ところが、このまま日本が特殊な事情に留まる限り、そのルールに従った対応は極めて難しいといえるのだ。自分の命よりも国の事情を優先させるというのは、自国を愛する人以外に出来ることだとは思えない、我々日本人はこの志を信じずに何を信じるというのか。